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マンガ家Mの日常
ペンでも、スクリーントーンでも、PCやタブレットでも、
全てはツールなので、使う人次第。
(ただ、よりアナログなツールの方が、感性を刺激出来る。)

最近あまりマンガを読んでいなくて、
ネットニュースのバナー広告を見るくらいと言う体たらく。
それでも幾らかの状況は掴める。


デジタル処理任せという感じの「ぷよ子さん」
主要人物の絵の使い回しも甚だしい。
人物画も数点で全て表現できるという、ある意味、挑戦なのか?
それはさておき、
容姿コンンプレックスに悩む女性が、傷ついた心を他人のせいにせず、
自分自身に向き合っている姿が好ましい。

説明の必要の無い大ヒット作「ザ・ファブル」
写真とデジタル処理の集大成のような画面作りだけど、
ネームの構成が圧倒的に上手い。
テンポが良くて無駄が無い。
写真をトレース、加工したような画面の現実味と、
ドラマの諧謔味のマッチングのバランスが良い。


こうして、名作も生まれる一方、
退屈な作品も山のように出て来る。
誰かのコピーのような、個性の無い人物画。
バストショットに長ったらしい説明台詞。
マンガの体裁は取ってはいても、マンガの面白みが無い。
結局のところ、何故デジタル化を懸念するかと言うと、
デジタルによって簡単に形式だけマンガのように作り上げられる事で、
作り手の意識がそこで止まってしまう、
そして、読者もそれを良しとしてしまう。

(続く。)
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結論から言うと、
世の中の事象と同様に、マンガ制作もデジタル化は進むと思う。

例えば、小説の世界では、
PCで原稿を書く事で、原稿用紙に書いていた時のような推敲の形が失くなり、
それが執筆の思考過程を阻害するのではとも考えられていたけれど、
現状、PCの手軽さを選択する作家が主流のように見える。
小説以外のあらゆる文筆業も。

従来のマンガの原稿制作においても、例えば、
初期の頃はつけペンによるほぼ手描きで、
「アミ」と言われるトーンは、印刷過程で指定できる簡単なもののみだったのが、
やがてスクリーントーンの種類が豊富になり、
様々な模様やハーフトーンの表現がスクリーントーン頼みになっていった。
集中線やカケアミと呼ばれる、マンガ独特のテクニックも必要性が薄れ、
わざわざ練習する意味もなくなって来た。
本当は、手描きの方が遥かに美しいのだけど、
技術の無いアシスタントさんにやらせて、失敗して原稿を汚されるよりは、
確実なスクリーントーンを選択する。

枠線だって、初期は烏口で引かれていて、テクニックを必要とされていたのが、
やがてロットリングが普及して、安定した線が引けるようになり、
その後はサインペンでも滲みの少ない綺麗な線が出るようになって、
線を引くのも楽になり、原稿を汚す心配も激減した。

便利で有効である限り、新しい機材の導入は必然。

...本当に大事なのは、

作家性。

(続く。)

ネットニュースから。

青年誌で活躍されたかざま鋭ニ先生が、膵臓癌で闘病の後、ご逝去されました。
75歳。

子供の頃、少年誌で作品に接した記憶があります。
長年に渡り、コンスタントに仕事を続けて来られた大ベテラン。

先日の石井いさみ先生に続き、
往年の少年マンガ黄金時代を支えた先生が旅立たれる寂しさ。

先日、とある大ヒット少女マンガのバナー広告が
ネットニュースの端に上がっていて、1ページだけ画面が出ていた。
学校帰りに主人公と友達が3、4人で話しながら歩いている3、4コマの後、
下段に目的地らしき建物の入り口付近が描かれていた。

人物が描かれたコマには背景が無くて、真っ白。
建物の入り口付近が描かれたコマには人物が描かれていない。
無空間とゴーストタウン。

たまたまこのページだけがそうだっただけかもしれないけれど。

人物に合わせて、邪魔にならない背景を描き入れたり、
建物にいる人物を描いたり、
そういう、ごく普通の「風景」を描く力が乏しくなって来ている。

その原稿はデジタルではないかもしれないけれど、
楽な方に流れて、
写真のトレースから、加工、コピー、ペーストとなってくれば、
「絵を描く」力ではなく、「ツールを扱う」力に移行して行く。
絵を描くという「想像力」が弱まって行く。


昨今では遂に絵を描くアプリが進化して、
文字入力で「画面構成」が出来るようにさえなって来た。
ニュースで紹介されていたのを見ると、
まるでフランスのバンド・デシネのような完成度の高さに驚かされる。
そうなると...、
マンガもやがてはそのままアプリで3Dアニメに変換されて行くのだろうか。

マンガの価値はどこにあるのだろうか。

(続く。)


何年も前からデジタル背景を活用しているマンガ家さんはおられて、
既に3Dでの作画も行われていた。
背景を3Dにして、人物との正確なパースを構成する。
アニメーション映画の世界のよう。

人物に合わせた正確なパースを描くのはやはり難しい。
画面によっては、先に背景を描いて、そこに人物を当てはめる場合もあるけど、
何となくしっくり来なかったりする。
そういう悩みが3Dで解決されるのは有り難い。
まぁ、いくらか機械的な画面になってしまうきらいはあるけど。

だけども、ここでもやはり大きな問題がある。

3Dを製作する手間暇。

例えば、アメリカのシットコムのように、
同じ場所で延々と連載が続けられるんなら、手間暇をかけても
ちゃんとコスト回収出来るけど、
少女誌、女性誌の場合、長期連載は稀で、何なら読み切り短編の方が主流。
40ページの読み切り作品の為にかけられるコストは大きくはないし、
同じ場面でずっと話が展開されるわけではないので、
背景を使い回しする事もない。
1場面1場面で、どんどん背景が消化されて行く。
そうなると、サクッと手描きした方が遥かに早い。

で、結局、デジタル化の恩恵は限られてしまう。

(続く。)