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マンガ家Mの日常
油絵の技法の発展はルネサンスとともにあった。
それなので、修復の技法の発展はそれから更に数百年の後の事となる。
キアラが生きていた時代に、現在のような修復の技術や観念はまだ無かった。

美術や歴史に詳しい方には「キアラ」に不満を感じられたかもしれない。
ただ、当時の修復というのは ボルハの一件のように
上から絵の具を塗り重ねるに過ぎず、オリジナルの絵を損ねるのが常で、
これをそのままマンガに描くと、
現在の価値観と著しくそぐわない考え方を伝播してしまう事になる。
それは避けるべきである。
時代性とのマッチングは 歴史ものを手掛ける作家にとって
共通のジレンマではなかろうか。

歴史に大きく反する事無く、マンガとしての面白さを加え、
現代の価値観との矛盾を最小限に収める、そうしたバランスを心掛けた。
それらの点については、作品が完了した時に、
コミックスの後書きでしっかり書ければと思っていたが。

日本の気候が油絵に適していない事もあって、
欧州での発展に遅れをとって来た。
その為、修復に関しても、油絵やフレスコについては
イタリアが大きくリードしているらしい。
日本で専門の勉強が出来るところは限られており、
勉強の為にはイタリアへ修業に行くのが良しとされる。

「キアラ」を描くにあたって、修復に関する文献を参考にさせていただいたが、
そもそも文献自体が少ない。
また、修復の技術や観念そのものも、まだまだ過渡期にあるようである。

修復についての書籍としては
アレッサンドロ・コンティ著「修復の鑑」が名著とされている。
ただ、専門書なのでかなり読み応えがある。
全編読みこなすのはキツいんで、抜き読みして参考にしていた。

私を含めて、絵画は好きだけど、修復については素人、という方には
日本の第一人者吉村絵美留著「修復家だけが知る名画の真実」がお勧め。
新書本の中には作りが粗雑なものもたまにあるので時々困るが、
やはり、初心者向けでわかり易くて便利。

美大時代、油絵の技術の勉強の為に教授から
マックス・デルナー著「絵画技術体系」を勧められた。
すでに何度か改訂がなされているが、それでも、卒業後何年か経って
現在の知識で検証すると、間違いがかなりあると言われている。
絵画は科学と並走しているので、日進月歩の世界なのだ。

修復についても同様で、その辺りについては是非
吉村氏の著作を読んでいただければと思う。

ボルハの修復に話を戻す。
先の新聞記事で堀越千秋氏は、老画家一個人の問題ではなく、
スペイン国家自体の問題を指摘している。
プラド美術館でさえ、名画に拙速で無惨な修復を施してしまっているそうだ。

ただ、日本としても他人事では無い。
高松塚古墳やキトラ古墳等、掘り起こした後、壁画の保存に失敗して
日本の歴史遺産とされる作品が
もはや修復は不可能な状態になっているそうだから。

(この項、とりあえず完了。
 修復に関しては気付いた時にまた書きます。)

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先のボルハのキリストの絵は多分フレスコで、
その上に油絵の具を塗り重ねたんじゃあ無かろうかと思います。
熟練の修復家が根気強く作業すれば、油絵の具を取り除く事は出来るでしょうが、
下のフレスコ画が元々かなり傷んでいるので、
油絵の具除去の際に、更に絵を傷めてしまうでしょう。
それを考えると、新聞に寄稿されていた画家の堀越千秋氏が言われる通り、
現時点では修復は不可能でしょう。
将来的に技術が進歩すれば、どんな可能性もあり得ますが。

地元画家の老婦人が80歳を越えた高齢である事と、
おそらく教会の熱心な信者で、信仰心と善意からの申し出であったであろう事、
そして、公開された絵がなんとはなしに愛嬌があった事で、
老婦人とこのグロテスクな絵を擁護する向きも多くあるようですが、
そうした無責任なヤジ馬的な意見はそのうち熱が冷めるでしょうし、
何よりも、画家の立場からすれば、非常にナンセンスです。

元の絵を描いた画家はもうとうにこの世の人では無いでしょうから
絵に何をされても怒る事は無いでしょう。
でも、絵というのは、画家にとって、我が子同然のものです。
長い人生で研鑽を重ねて感性と技術を磨き、
一筆一筆、心血を注いで仕上げた、分身であります。
二度と同じものに巡り会う事も出来ません。
それを他人が不用意に手を加えて良い筈は無いのです。
ましてや、キリストの肖像です。
画家は自分の命と引き換えにするくらいの覚悟で臨んだ仕事だったでしょう。

老婦人を咎めだてするのはお気の毒で、やるべきではないでしょうが、
絵そのものについては、オリジナル作品にもっと敬意を払い、
現段階のムゴイ絵を面白おかしく楽しむべきではありません。

(続く)


スペインのとある小さな町、ボルハの教会で、
80歳の地元画家の老婦人がキリストの絵の修復に失敗した事が
世界中で大きな話題となりました。
その事件についての解説が今朝の新聞に出ていて、記憶を新たにさせられました。

何と、恐ろしい事に、
スペインでは粗雑な修復が日常的に行われてしまっているらしい。
修復家の技術以前の問題として、情報が伝わっていないのかなぁ?

「キアラ」を描く時、色々な事を考えねばなりませんでした。
打ち明け話になりますが、
時代設定をルネサンスの終わり頃にしたのは、
その時代の生命力に魅力を感じていたからですが、
現代を舞台にするという選択をするのが難しかった事もあります。
「現代」になると、修復の技術も進み、様々な道具や機材が使用されており、
中途半端な知識では描けないと思われました。

(続く)


一度少し皆さんにご挨拶をしておこうと思いました。

「キアラ」を描いていた当時はまだブログをやっていなかったので
コミックスの方でも紹介していませんでしたが、
その後「キアラ」を読んで気に留めていただいた方々から
ブログへのアクセスをいただきました。ありがとうございます。
「なんで途中なの?」と、惑われた読者の方に、
不本意ながらも経緯をご案内出来て良かったと思っています。

デジタル配信がまだ十分に伸びていない現状では
デジコミで売り上げを確保するのは難しく、
マンガ家に十分な原稿料が届かない事態は暫く続きそうで、
出版社がデジコミのみしか扱えない今の状態では
「キアラ」も当分再開出来そうにありません。

自分自身、あと何年この厳しいマンガ家生活を続けられるか、
先行きが全くわかりません、難しい状況なのは確かですが。
でも、筆を持ち続けていられる限りは希望は捨てられません。

正直言えば、「キアラ」の他にも途中になってしまった連載はあって、
何ともならないのかなぁ、と、今なお悔しく感じています。
そういう過去の経験があっただけに、「キアラ」の連載については
編集者ときちんと話し合いを詰めながら慎重に進めていたのでしたが。

恨み節ばかりですね、すみません。

とりあえずデジコミの配信は続いているようで、
編集部でもまだ「キアラ」を見捨てた訳では無いのかな、と思います。
生みの親として、気を強く持ち続けます。
忘れずにいて下さる読者の皆さんのコメントがいつも心強いです。

ブログのアドレスはハーレクインコミックスの方には載せているのですが、
そちらの感想は届きません。
ハーレクインのホームページの方に行っちゃってるのかな。
こちらにもご意見をいただけると嬉しいのですが。

最後にネタをひとつ。

皆さん、コミックスの帯はそのまま付けてありますか?
当時の担当さんの考えで、
女性のみならず男性にも手に取っていただき易いように、と
コミックス本体のカバーをシンプルにして、
帯に名画の絵を付けよう、という事になっていました。

担当さんのリクエストで、レオナルド・ダ・ヴィンチの名画を、との事で、
1巻「岩窟の聖母」2巻「モナ・リザ」です。
...両方とも、私が描きました。

相手は人類の歴史上最高の芸術家の作品です。
微妙な不備は否めませんが、かなり頑張りました。
特に「モナ・リザ」は顔の表情がはっきりとわかるだけに、
一切のゴマカシ、妥協が許されません。...頑張りました。
キツかったけど、自分なりに納得いく仕上がりです。
美大時代にもレオナルド・ダ・ヴィンチの模写などはやった事無かったので、
絵描きとして良い経験になりました。

帯は傷んで外れ易いので心配ですが、
無くさないようにしていただけたらな、と思います。
...デジコミの方でも見られるのかなぁ?
せっかく描いたんだから出して欲しい。

では、今日はおやすみなさい、良い夢を見ましょう。




また暫くした或る日、Yさんから電話があって、
「キアラ」の配信が好調なので、バナー広告を出したいから
カラー原稿の使用許可を、というお話でした。
積極的に宣伝していただけるのはありがたい事なので
そのままO.K.のお返事をさせていただきました。

雑誌やコミックスなら見本本を送っていただけるのですが、
デジコミは自分から行かないとならないし、
自分の原稿を見るのにお金を支払わなければならない、というのも妙な話で、
自分で自分の作品がどうなっているのか、
今のところ何もチェックしていません。
とりあえず好調という事で良かったです。

...、まぁ、その後Yさんからの連絡は再びなくなったので、
デジコミの現状は何もわからないです。
実際のところ、マンガ家が何かをできる段階でもありませんから
ひたすらおまかせ状態です。

繰り返しになりますが、
デジコミ配信されて「キアラ」をより多くの方に読んでいただけるのは
作者として大変嬉しい事なのですが、反面、
読者の方々が「なんで話が途中なの?」と思われて、
それに対して何も対応できないのが 大変残念で、
申し訳なく感じられて仕方ありません。
中途の作品を配信する事に欺瞞を覚えもしていまいます。

一番良いのは、
デジコミの好調を受けて、出版社が連載の再開に踏み切り、
マンガ家が人として生活できるだけの原稿料を出してくださる事です。

...、一通り書き終えたところで、
結局はお金の問題に終始してしまったようで、
不満に感じられた方もおられるかもしれません。

マンガ家は皆(と言って良いと思います。)、
マンガを描く事が好きで、
他人に言えぬ苦労を背負い、
それでも描き続けています。
お金儲けを優先させてできる仕事ではありません。

ただ、商業ベースでやっていくからには
お金の流れと無縁ではいられません。
出版社の方々も、いかに良質な本を出し、且つ利益を上げるか、
日々そのジレンマの中で苦悩しておられる事と思います。

誰もが知っているような素晴らしい作品を描いて
大成功を納められた方もおられますが、
それは巨大なピラミッドの頂点での出来事で、
大多数のマンガ家はそれぞれの理由で 仕事が立ち行かなくなって
道半ばでリタイアを余儀なくされています。
力不足と言われればそうなのですが、
才能、体力、気力、人間関係、運、
何かひとつにほころびができた瞬間、一気に苦境に立たされ、
際どい崖の淵から足を滑らせるように落ちて
元に戻れなくなってしまう、
そんな厳しい世界です。

甘えて、楽をして、それで仕事をしようとは思っていません。
ただ、最低限のその下の生活を 気力だけでいつまでも続ける事はできません。
良い作品作りができる環境についてのいくらかの配慮を
出版社にお願いできたらと思います。

「キアラ」の連載中断の事情はこの通りです。
ご質問などございましたらコメントを下さい。
できる限りお答えしますし、
記事について不備な点や思うところがあれば
随時書いてゆきます。

皆様と共に「キアラ」の連載再開を願って。