ううっ、やはり、原稿が白い。
白いと言うか、あるべき所に背景が入っていない。
無いなら無いで何とか画面は持つけど、人物が宙に浮いてる感じ。
当時、描き切る余裕が無くて飛ばしたんだなぁ。
少しずつ背景も描き足す。
白いと言うか、あるべき所に背景が入っていない。
無いなら無いで何とか画面は持つけど、人物が宙に浮いてる感じ。
当時、描き切る余裕が無くて飛ばしたんだなぁ。
少しずつ背景も描き足す。
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コミックス化のお話をいただいた時点で、7月発売というのは知らされていたので、
特に問題は感じないのだけど、
後書きとカバー折り返しコメントの締め切りが5月前半というのは早過ぎる。
普通はね、1ヶ月前で十分。
色刷りの校正等があるので、3週間前になるとキツイ。
デジタル入稿になってからは青焼きも出て来ないから、
実際はもっと校了の手間を省いているのかな。
青焼きのチェックもさせてもらえないのはちょっと怖いね。
他の仕事のスケジュールが詰まってる場合も想定して、
もし、そこがキツイ状況だったら、ズラせただろう。
要するにね、
本編はとっくに仕上がってるんで、ほぼ手間はかからない。
同時期の発行予定の作品の校正が5月末から6月前半に固まって来るから、
その間のスケジュールを楽にする為に、こっちをかなり早めに設定されたって事。
まぁね、そりゃそうしたいだろうけどね。
ひと言言えよな、って感じ。
編集者が指定してくる締め切りには色々な段階があるんで、
その辺の事情を知らない新人マンガ家が焦ったり、無理したりしたら可哀想。
スケジュールが遅れがちな時、
アシスタントさんを増員して進める事になる訳なんだけど、
そうすると、お給料の支払いで確実に経費が跳ね上がるんで、
それよりは締め切りを伸ばしてもらって、自分で作業して、
経費節約したい時もままある。
特に問題は感じないのだけど、
後書きとカバー折り返しコメントの締め切りが5月前半というのは早過ぎる。
普通はね、1ヶ月前で十分。
色刷りの校正等があるので、3週間前になるとキツイ。
デジタル入稿になってからは青焼きも出て来ないから、
実際はもっと校了の手間を省いているのかな。
青焼きのチェックもさせてもらえないのはちょっと怖いね。
他の仕事のスケジュールが詰まってる場合も想定して、
もし、そこがキツイ状況だったら、ズラせただろう。
要するにね、
本編はとっくに仕上がってるんで、ほぼ手間はかからない。
同時期の発行予定の作品の校正が5月末から6月前半に固まって来るから、
その間のスケジュールを楽にする為に、こっちをかなり早めに設定されたって事。
まぁね、そりゃそうしたいだろうけどね。
ひと言言えよな、って感じ。
編集者が指定してくる締め切りには色々な段階があるんで、
その辺の事情を知らない新人マンガ家が焦ったり、無理したりしたら可哀想。
スケジュールが遅れがちな時、
アシスタントさんを増員して進める事になる訳なんだけど、
そうすると、お給料の支払いで確実に経費が跳ね上がるんで、
それよりは締め切りを伸ばしてもらって、自分で作業して、
経費節約したい時もままある。
「美しき侵入者」コミックス、7月11日発売予定だそうです。
「きららコミックス」の区分になります。
装丁が違うのかな?
発売日が近づいたら、もう一度改めてお知らせします。
ちなみに、ハーレクイン社は吸収合併だか何だかで、
現在はハーパーコリンズという会社名になっています。
ロマンス小説、コミックスの分野として、ハーレクインの名前はそのまま。
雑誌も「ハーレクイン」で発行されている。
「ハーレクイン」の雑誌が増えて、
その中で「きらら」という雑誌が作られたようなのだけど、
掲載時しか雑誌を送っていただけないので、どういう雑誌か分かりません。
基本、ハーレクイン小説のコミック化だから、同じようなものだと思う。
自分がずっと書き下ろしコミックスの形態を選択して来ただけに、
ハーレクインのような雑誌の意味合いがちょっとわかりにくい。
マンガ家さんの個別の事情もあって、2〜3回に分けての掲載もあるようだけど、
元の小説がどれもほぼ同じ枚数なので、作品のボリュームが同じ。
設定やストーリーもほぼ同じ。
これを雑誌にしても、雑誌としての編集が無意味で、
並列によって、各作品の印象がボヤけるだけではないだろうか。
いっそ、全部コミックス展開でも良いような?
単一のコンセプトでは限界がある。
「きららコミックス」の区分になります。
装丁が違うのかな?
発売日が近づいたら、もう一度改めてお知らせします。
ちなみに、ハーレクイン社は吸収合併だか何だかで、
現在はハーパーコリンズという会社名になっています。
ロマンス小説、コミックスの分野として、ハーレクインの名前はそのまま。
雑誌も「ハーレクイン」で発行されている。
「ハーレクイン」の雑誌が増えて、
その中で「きらら」という雑誌が作られたようなのだけど、
掲載時しか雑誌を送っていただけないので、どういう雑誌か分かりません。
基本、ハーレクイン小説のコミック化だから、同じようなものだと思う。
自分がずっと書き下ろしコミックスの形態を選択して来ただけに、
ハーレクインのような雑誌の意味合いがちょっとわかりにくい。
マンガ家さんの個別の事情もあって、2〜3回に分けての掲載もあるようだけど、
元の小説がどれもほぼ同じ枚数なので、作品のボリュームが同じ。
設定やストーリーもほぼ同じ。
これを雑誌にしても、雑誌としての編集が無意味で、
並列によって、各作品の印象がボヤけるだけではないだろうか。
いっそ、全部コミックス展開でも良いような?
単一のコンセプトでは限界がある。
再録、後半の為に、原稿修正中。
5回連載の残り2回分なので、楽に終わると思いきや、結構骨。
この時、アシスタントさんは仕上げの人ひとりで、背景は殆ど自分で描いていた。
1、2回目くらいまでは良かったのだけど、3回目の後半頃から
段々体力的にキツくなって来て、
コミックスでの修正を念頭に置いて、飛ばし気味に仕上げをしている。
3回目の原稿ではまだそこまで気にはならなかったものの、
4回目に着手すると、明らかにトーンが不足。
仕上げで急ぐと、トーンを省略するしか無いから。
今、ひとりで細々とトーン作業中。
「サスペリアミステリー」で浅見光彦シリーズの依頼を受けるまでは、
もっと低年齢向けの作品を描いていたので、キャラクターの絵柄もやや幼かった。
ところが、劇画的な要素を求められるようになって、
顔や身体のバランスを意識して変えて行かざるを得なくなった。
浅見光彦シリーズを見ても、
第1作目の「長崎殺人事件」の時は明らかに試行錯誤している段階で、
第2作目の「華の下にて」でいくらか落ち着いて来た感じ。
「横山大観殺人事件」はその間で描いた作品。
劇画的バランスに慣れていないのと、
岡部警部という、少女マンガでは描かれないおじさん世代が主人公で、
更に顔や身体のバランスに悩んだ。
顔が安定していない。
気になるデッサン狂いをあちこち修正している。大変。
絵が手抜きだとか、デッサンが狂ってるだとか、色々言われるけど、
商業誌の連載は作業時間が限られているので、
アシスタントを雇えなければ、出来る事に当然限界がある。
結局は原稿料収入の問題に行き着く。
5回連載の残り2回分なので、楽に終わると思いきや、結構骨。
この時、アシスタントさんは仕上げの人ひとりで、背景は殆ど自分で描いていた。
1、2回目くらいまでは良かったのだけど、3回目の後半頃から
段々体力的にキツくなって来て、
コミックスでの修正を念頭に置いて、飛ばし気味に仕上げをしている。
3回目の原稿ではまだそこまで気にはならなかったものの、
4回目に着手すると、明らかにトーンが不足。
仕上げで急ぐと、トーンを省略するしか無いから。
今、ひとりで細々とトーン作業中。
「サスペリアミステリー」で浅見光彦シリーズの依頼を受けるまでは、
もっと低年齢向けの作品を描いていたので、キャラクターの絵柄もやや幼かった。
ところが、劇画的な要素を求められるようになって、
顔や身体のバランスを意識して変えて行かざるを得なくなった。
浅見光彦シリーズを見ても、
第1作目の「長崎殺人事件」の時は明らかに試行錯誤している段階で、
第2作目の「華の下にて」でいくらか落ち着いて来た感じ。
「横山大観殺人事件」はその間で描いた作品。
劇画的バランスに慣れていないのと、
岡部警部という、少女マンガでは描かれないおじさん世代が主人公で、
更に顔や身体のバランスに悩んだ。
顔が安定していない。
気になるデッサン狂いをあちこち修正している。大変。
絵が手抜きだとか、デッサンが狂ってるだとか、色々言われるけど、
商業誌の連載は作業時間が限られているので、
アシスタントを雇えなければ、出来る事に当然限界がある。
結局は原稿料収入の問題に行き着く。
4、5の続き。
ストーリーについて書いています。
ネタバレします。
本作は雑誌とデジタル配信で発表済みですが、
未読で、コミックス発売を待って読んで下さる方は、この記事は飛ばして下さい。
ストーリーを大幅に変更せざるを得なかった顛末について。
一般に、ハーレクイン小説は安直なシンデレラ・ストーリーと思われがち。
若くて綺麗な女性が一回り年上のイケメン大富豪と結婚するのが定番で、
ページ数も限られているから、とっとと上手く事が運ぶんだけど、
それでも、ヒロインは恵まれない環境で育って、苦労して働いてたりして、
日々の努力の過程の中でイケメン大富豪との出会いがあった訳なので、
言われる程には安直では無い。
それに、努力とラッキーとで幸せを掴むのが、古今東西のあらゆる物語の基本。
主人公が男性であっても同じ事。
シンデレラ・ストーリーだからと言って批判されるものでも無い。
むしろ、クズな男と喜んで付き合うだめんずウォーカーを
肯定的に描いたりするのは、メッセージとしてはヤバイものがあるんで、
それよりはシンデレラ・ストーリーの方が抵抗無く描けるかもしれない。
なので、主旨としては問題は感じなかった。
今作の問題は、5で書いた通り、相手となる男性の行動にあった。
酩酊して意識の無い見ず知らずの女性に、迫られるがままにセックスして、
妊娠させてしまう。
男性が責任を取って結婚し、ヒロインはめでたく大富豪をゲットした、と言っても、
それで結果オーライだとは到底思えない。
酩酊状態と分かってセックスして妊娠させるなんて、卑劣としか言いようが無い。
そんな男性は信用も何も出来ない。
言い訳のしようも無い。
コミック化するにあたって、そこはどうにもフォロー出来ず、
変更するという選択肢しか無かった。
また、ハーレクインにありがちなんだけど、
男性はイタリア系で、中盤、母親が登場して、
イタリア系の母親らしい強引さで、息子の結婚を推し進めようとする。
男性は30代半ば。それなのに、母親に促されての結婚だなんて、情けない。
妊娠の責任を取るだとか、母親に強要されて、だとかでは無く、
愛情からの結婚であって欲しい。
この母親も全てカットした。
結果、前半の早い段階から、様々な変更が生じ、
最終的のは幸せな結婚に持っていくとして、
後半は原作とは全く違ったストーリーを作り上げていく事になった。
担当編集者はネームを読んでも、特に何も言わなかった。
編集部では本の売れ行きが第一なので、原作の改変に関しては見て見ぬ振りをする。
ただし、編集部としては会社員という立場上表立って認める訳にもいかないので、
何も言わず、マンガ家が勝手にやったものとして事が進められる。
万が一何かあっても、本社からクレームがあっても、全てマンガ家の責任。
まぁ、良いけどね。
納得いかない原作を手渡され、変更についての話し合いもさせてもらえず、
手探りで125ページの長尺のネームを描くのは辛い。
こうした事が続くようになって、編集者との折り合いが悪くなっていった。
他のマンガ家さん達はどうやって自分を納得させているのだろう?
ペニー・ジョーダンの元々のファンの読者には、
改変が好ましく受け取られるとは思い難いところではあるけれど、
納得いかないストーリーを無理やり描こうとしても、
感情移入出来ず、手は動かない。
マンガを好きな読者が、全くニュートラルな立場から読んで、
納得してもらえる事を願うばかり。
(このテーマはこれで終了。)
ストーリーについて書いています。
ネタバレします。
本作は雑誌とデジタル配信で発表済みですが、
未読で、コミックス発売を待って読んで下さる方は、この記事は飛ばして下さい。
ストーリーを大幅に変更せざるを得なかった顛末について。
一般に、ハーレクイン小説は安直なシンデレラ・ストーリーと思われがち。
若くて綺麗な女性が一回り年上のイケメン大富豪と結婚するのが定番で、
ページ数も限られているから、とっとと上手く事が運ぶんだけど、
それでも、ヒロインは恵まれない環境で育って、苦労して働いてたりして、
日々の努力の過程の中でイケメン大富豪との出会いがあった訳なので、
言われる程には安直では無い。
それに、努力とラッキーとで幸せを掴むのが、古今東西のあらゆる物語の基本。
主人公が男性であっても同じ事。
シンデレラ・ストーリーだからと言って批判されるものでも無い。
むしろ、クズな男と喜んで付き合うだめんずウォーカーを
肯定的に描いたりするのは、メッセージとしてはヤバイものがあるんで、
それよりはシンデレラ・ストーリーの方が抵抗無く描けるかもしれない。
なので、主旨としては問題は感じなかった。
今作の問題は、5で書いた通り、相手となる男性の行動にあった。
酩酊して意識の無い見ず知らずの女性に、迫られるがままにセックスして、
妊娠させてしまう。
男性が責任を取って結婚し、ヒロインはめでたく大富豪をゲットした、と言っても、
それで結果オーライだとは到底思えない。
酩酊状態と分かってセックスして妊娠させるなんて、卑劣としか言いようが無い。
そんな男性は信用も何も出来ない。
言い訳のしようも無い。
コミック化するにあたって、そこはどうにもフォロー出来ず、
変更するという選択肢しか無かった。
また、ハーレクインにありがちなんだけど、
男性はイタリア系で、中盤、母親が登場して、
イタリア系の母親らしい強引さで、息子の結婚を推し進めようとする。
男性は30代半ば。それなのに、母親に促されての結婚だなんて、情けない。
妊娠の責任を取るだとか、母親に強要されて、だとかでは無く、
愛情からの結婚であって欲しい。
この母親も全てカットした。
結果、前半の早い段階から、様々な変更が生じ、
最終的のは幸せな結婚に持っていくとして、
後半は原作とは全く違ったストーリーを作り上げていく事になった。
担当編集者はネームを読んでも、特に何も言わなかった。
編集部では本の売れ行きが第一なので、原作の改変に関しては見て見ぬ振りをする。
ただし、編集部としては会社員という立場上表立って認める訳にもいかないので、
何も言わず、マンガ家が勝手にやったものとして事が進められる。
万が一何かあっても、本社からクレームがあっても、全てマンガ家の責任。
まぁ、良いけどね。
納得いかない原作を手渡され、変更についての話し合いもさせてもらえず、
手探りで125ページの長尺のネームを描くのは辛い。
こうした事が続くようになって、編集者との折り合いが悪くなっていった。
他のマンガ家さん達はどうやって自分を納得させているのだろう?
ペニー・ジョーダンの元々のファンの読者には、
改変が好ましく受け取られるとは思い難いところではあるけれど、
納得いかないストーリーを無理やり描こうとしても、
感情移入出来ず、手は動かない。
マンガを好きな読者が、全くニュートラルな立場から読んで、
納得してもらえる事を願うばかり。
(このテーマはこれで終了。)