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マンガ家Mの日常
萩尾望都先生画業50周年記念「ポーの一族」展、
オープンの日にお祝いのお花を贈って、
今日、その御返しが届いた。

御返しが欲しくなかったと言ったら嘘になるけど、
それよりもまずは、お花がちゃんと届いていた事が分かって、安心した。

お菓子の詰め合わせと、原画展でのグッズが同封されていた。

ファンなので、
どちらかと言えば、新刊サイン本とかの方が嬉しかったりするけど、
御返しを送る側からすると、そうもいかないよね。

グッズと、サイン入りの挨拶状は大事にとっておこう。

iPhoneから送信
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時間を見つけては、延々と片付け物をしている。
今のマンションに引っ越して来てから、
仕事に追われて、
仕事を言い訳にして、
多くの物事が中途半端に置き捨てられていた。

整理が苦手。
得意な人っているのだろうか。
大勢が整理上手であれば、断捨離とか、こんまり流とかが注目される筈は無い。

引っ越して来た当初は、今より物が少なかった。
何か特別な物を購入した訳でもないけれど、
以前は必要無かったパソコンとその周辺機器は確実に増えたし、
仕事の資料や、雑誌、CD、DVDの類も増える一方。
要らないものを捨てようと思うが、仕分けに悩む。
まず、必要無い物は買わないから、どれも自分にとっての価値がある。

TV番組を録画していたDVDは、
録画容量が途中になっている物がそこかしこにある。
ダビングが規制されてから、移し替えが出来なくなり、
(新型機では、HDに戻してDVDに移し替えられる物もあるらしい。)
テーマに沿ってまとめる為には、
同テーマで、容量に見合った番組が次に放送されるまで、
そのままにしておくしか無かった。
忙しさに紛れて、どこに何を置いていたかがよく分からず、
ほったらかしにしてしまっていた物もある。
そうなると、次の番組をとりあえず別のDVDにダビングしてしまい、
中途半端な録画量のディスクが増えてしまう。

後から何とかしようと思いつつ、ようやく手を付け始めたのだけど、
少々泣きを見る結果になった。

以前のJ-comのトラブルの際、レコーダーを新しいタイプに交換した。
同じメーカーの同タイプなので、油断していた。
前の機器でダビングしていたディスクで、
中途になっていたものはファイナライズしていなかった。
すると、新しい機器では非対応となり、視聴できず、
ファイナライズも出来ない。

結果、録画途中のディスクは捨てざるを得なくなった。

返す返すも、J-comの対応が恨めしい。

日々、新しい番組が放送され、新しい情報が追加され、
以前録画したものを見る余裕が無い。
それでも、意識に留めておきたくて、形にして残しておきたかったので、
見られる可能性が無くなったのは悲しい。

「ポーの一族展」に言ったら、チラシが置いてあって、
何と、今度は9月から「SF原画展」開催。
SF作品から、カラーを含めておよそ400点、生原稿が展示される。

入場料、一般当日1,000円。
こちらも破格の安さ。
当然、行きたい。

でも、これって、山梨県立美術館。
ちょっと遠いなぁ。
悩む。

東京に巡回してくれないのかなぁ。

こういう機会は先々考え難い。
頑張って行くべきか。


萩尾望都先生、デビュー50周年記念、ポーの一族展、
鑑賞して来ました。

朝日新聞主催なので、新聞に連日広告が掲載されていて、
宣伝が行き届いていたせいもあってか、平日の午後ながら、盛況。
列の進みを待たされる時も少しはあったけど、
その分、じっくり原画を堪能出来ました。

オープニングの日を飾る様に、お花を届けてもらったのだけど、
バラの切り花を1週間以上状態を保たせる事も叶わず、撤収済み、
どんなアレンジになっていたか、見ておきたかったんだけど、
混み合う週末を避けて、他の用事をくぐり抜けてからとなると、
行く日が選べず、ちょっと残念。


一般当日券1,000円は破格の安さ。
「ポーの一族」を中心に、数多くの生原稿を一気に鑑賞出来る機会なんて、
そう多くはない。
50周年という、後にも先にも有り得ない最大の節目の時だからこそ実現した。


「ポーの一族」「メリーベルと銀のばら」「小鳥の巣」「トーマの心臓」
この辺りは、人生の一部のように、脳裏に刻み込まれている。
マンガの世界で、これらを超える奇跡を体験した事は無い。

ストーリーの美しさ、絵の美しさ、
時を超えて、営みを見るような、人々の生命感。
Gペンで引かれた線の1本1本に、芸術の魂が宿っている。

奇跡としか言いようが無い。

雑誌掲載時、当時は画面の横や下部に、
次号のお知らせや広告等が組み込まれる事が多く、
余白を空けて描かなければならない場合があった。
コミックスにする際に、描き足しをして画面を調整する。
そんな描き足しであったり、コマの継ぎ足しであったり、
ただ、失敗して切り貼りして描き直したり、
様々に原稿を修正している跡も見られて、
執筆当時の苦労と研鑽が偲ばれる。




「小鳥の巣」以降のポーの一族のシリーズに関しては、
個人的には関心が持てなくなった。
物語の骨格の様なものが成されていない。
「小鳥の巣」で近代を描いた後、現代編とでもいうべき作品を描いて、
シリーズを完了させていれば、歴史が歴史として成立し得た様な気がする。
人気が出過ぎて、作者自身もキャラクターに未練が強くなり、手離せなくなった。
40年の時を経て、再開されたのは一大トピックではあったが、
歴史が後戻りしない様に、作品も、元の世界を取り戻せない。

奇跡に引き込まれたかつての数年間がかけがえが無く、
何かが壊れてしまうのが怖くて、
新作とされるものを読む事が出来ずにいる。





間隔が開くと、論点を忘れそうになる。


マンガ家は完全に個人事業主。
吉本興業の芸人さん達は、所属タレント。
芸人さん達は事務所に対しての責任を負うのと同程度、
事務所から守られて然るべきなんだけど、そうもなっていない。
その点では、吉本の芸人さん達の方が厳しい状況にあるようにも感じられる。

事務所はあまりにも大勢の芸人さんを抱えているので、
末端までは目が行き届かない。
本来ならば、実力のある芸人さんのみ所属を受け付けて、
契約を取り交わして、きちんと面倒を見るべき。
でも、とにかく、やたらめったら大勢所属させるのは、
各々が切磋琢磨して、這い上がる事が求められているから。
芸の道はそういうもの。

...と言えば聞こえは良いけど、
要するに、
誰が、いつ売れるか、事務所側でも検討がつかないから、
出るに任せているだけという状況に近い。

これはマンガの仕事でも似たようなところがある。
昔に比べて、とにかく大勢デビュー出来るようになった。
チャンスをもらえるのは有り難い。
でも、編集部が、プロとしての将来性を図っての事ではなく、
その後の読者のアンケート任せ。
デビューして、連載抱えて、仕事場を設置したは良いけど、
アンケートが悪ければ連載はすぐに打ち切られて、
アシスタント代や、仕事場の契約や、備品購入にかかった経費が
丸々赤字となって残るのみ。

一般の会社でこれをやったら、大変な事になる。
大卒の新入社員を大勢雇って、
2、3年で芽が出なかったらどんどんクビを切る。
それが出来れば、会社側は楽だろうけど、
そうしないように、採用の段階で慎重になる。
まぁね、それでも上手くいかない事が山程有るのが実情だろうけど。


実力不足の者が外されていくのは仕方ない。
でも、少しは安心して仕事に打ち込める環境があっていい筈。
お笑いでも、マンガでも、
才能が活かされないのは寂しい。

(このテーマ、一旦終了。)