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マンガ家Mの日常
萩尾先生とは、アシスタントとして、或いはマンガ家の大先輩と後輩として、
仕事上のお付き合いがほんの少しあっただけなので、
人間性についてしたり顔で長々と語る事も出来ないけれど、
知る限りでは、丹念にひたむきにお仕事をされ、穏やかなお人柄という印象。
ただ、どこか仙人のような、つかみどころのない雰囲気も持っておられる。

マンガ家は、一人でこもりきりで作業する状況が長いので、
個人の世界観に集中し、あまり社交的でない人も多く、
萩尾先生が必ずしも特殊な例という事はなく、
むしろ、メディア取材を多く受けておられる立場上、
相手の意図を正確に推し量り、巧みな会話をされる方でもある。

それだけに、「大泉」の中の萩尾先生の言動の頑なさから、
違う側面を見せられたように感じた。

どれ程偉大な人であっても、やはり「人間」なので、長所も短所もあり、
夢に描いた通りの完璧な姿である事は無く、
憧れの人には直接会わない方が良いと言われる場合もある。
実際、一ファンとしては、「大泉」を読んだ後では、
萩尾先生や竹宮先生の作品を読む時の目線が変わってしまう。
おそらく、そう感じたのは私だけではないだろう。
憧れの萩尾先生や竹宮先生について、深く知りたいと思う反面、
知らなければ良かったとも思うファンの方も少なからずおられる筈。

萩尾先生にとって、「大泉」は書かねばならない物だったけど、
同時に、半世紀に渡って沈黙していたのは、
過去の状況を表沙汰にするのが、堪え難い苦痛だったからで、
「大泉」を書くのも、書かないのも、辛い決断だったと推察される。

(続く。)
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萩尾先生が身近な人間関係の中での葛藤を描いた作品では、
TVドラマ化もされ、高い評価を得た「イグアナの娘」が広く知られる。
母親が自らのコンプレックスを長女に投影させるという図式。
しかし、作品が「プチフラワー」で発表される直前、私自身が母を亡くし、
作中で母親が亡くなる設定が辛くて、まともに読めなかった。


萩尾先生はエッセイ等で、時折ご家族について書かれた。
美人で優秀な姉は、模範的良妻賢母となり、価値観を押し付けてくる。
萩尾先生が母親と姉妹の物語を描く時、背後にこの姉の存在が感じられる。


シリーズ作「メッシュ」の中に、同じような、母親と姉妹の設定の
「苦手な人種」という作品がある。
しっかり者の母親は、美人で優等生の姉ばかり可愛がり、
ブス(と、本人が言う程でもなく、まぁまぁ可愛い。)な妹は反抗し、
益々母娘の溝が広がる。
妹は憧れの男性が姉になびくのを見て怒りを覚えるのだが、
その後の姉の人を食ったような反応に驚かされる。
作品の終盤で、姉妹の社会不適応の反転が起きる。

美人で優秀で、明るい道だけを歩み続けている姉は、
他者に対しては無関心で、ただニコニコしていれば良いとしか思っておらず、
男性が事故死する原因を作っても、状況を理解せず、罪の意識すら感じない。
優秀さ故の無関心か、無関心故の優秀さか。

余談ですが、
伊東愛子先生からのご紹介で萩尾先生宅へアシスタントに伺ったので、
仕事中、萩尾先生から、ふと伊東先生についてのお話がこぼれた。
「大泉」にも書かれている通り、伊東先生は鼻筋のスッと通った美人。 
「伊東さんは美人だから、そうでない人の気持ちがわからないのよね。」と。
仕事中なので詳しくは聞けなかったけど、
お2人の間で、何かそういうエピソードがあったのかなぁ。

作品を作る際、作者は主に主人公の側から展開を見つめるので、
作者の立場や考え方、人間性は、主人公に、より近い。
しかしながら、全てのエピソード、全てのキャラクターは、
描いた作者のものだから、
主人公と相対するキャラクターもまた、作者の一部だと言える。
「苦手な人種」では、萩尾先生自身の位置づけは妹の方だと見られるが、
姉の方にも投影されている印象が、「大泉」を読んで、強くなった。

天才の萩尾先生は、言われるまで、竹宮先生の嫉妬や焦りを感知出来なかった。

(続く。)

萩尾先生のSF名作短編の一つに「A-A'」(1981年発表)がある。

これは何故か秋田書店「月刊プリンセス」に掲載された作品で、
秋田書店ではコミックス化されず、
小学館の萩尾先生の第2期全集に、表題作として収録された。
萩尾先生のホームグラウンドが小学館で、全集の企画が進行していたので、
力技で引っ張ったのかな。

それぞれの契約次第だけど、
作品の2次使用権は基本的には掲載誌の出版社が持つのが一般的。
ところが、複数の出版社で仕事している人気作家は、
秋田書店から原稿を引き上げて、別の出版社でコミックス化するケースもある。
...秋田書店のコミックスの装丁が古臭くて、売れないから。
元より、何故ジャンル違いの雑誌に、萩尾先生がこれほどの名作を渡したのか、
そこから既にちょっと疑問だけど。

そうした疑問はさておき。


「A-A'」は、人工変異種の一角獣種アデラド・リー(A)が、
コンピューター技師として派遣された惑星プロキシマで、事故死し、
予備のクローン体が再度現地に送られるところから始まる。

論理的で高い知能を有するが、他者への共感能力に乏しく、運動神経も鈍い。
3年間の滞在生活で、ようやく周囲と繋がりを持てるまでに成長したが、
再生されたクローン体は、最初の頃の無愛想なアディに逆戻りしていた。
アディ(A)と恋人関係だったレグ・ボーンは、
アディ(A')と関係を築き直そうと試みるが、違いを受け止めきれずに去る。

レグが去ってもアディは平然と仕事を続けていたが、
無自覚のまま食事も採れずに体調を崩す。
周囲の理解に助けられ、ようやく心を開くようになる。
その後、別の研究施設で事故死したレグが、クローン再生されて復帰。
アディは新しいレグと再び関係性を築く方向に向かう。


今作を読んだ当時は、ロマンに酔い、
そのSFとしての仕組みに感動するばかりだった。


一角獣種の特性が、アスペルガー症候群を表現したものだと、
暫く後になってようやく気づいた。


1988年には映画「レインマン」で自閉症が世界的に認知されるようになるが、
「A-A'」発表当時は、自閉症やサヴァン症候群、
アスペルガー症候群という言葉もまだ耳慣れないものだった。

時代時代によってコンセンサスが変わるが、
作品の中で病気や障がいについて描くと、圧力団体から攻撃されるケースもあり、
攻撃を避ける為にSF的な設定で描かれる場合もままあった。
後年、医療もののマンガが多く発表されるようになり、
萩尾先生も作品の中で障がいのあるキャラクターを直接描くようになった。

萩尾先生の場合は、医療としてのテーマというよりも、
障がいを含めた、対人関係の問題が主たるテーマとなっていた。

(続く。)


(土地問題、相続問題で混乱して、こちらの記事が手付かずでした。)
(混乱は深まるばかり。)


核心に入ろうと思います。

あくまで個人的見解なので、
専門的には間違いがあるかもしれませんが。


20代半ば、萩尾先生は竹宮先生から出禁文書を突きつけられ、
その内容に従うと共に、断固たる決別を決意、実行する。
出禁文書や盗作疑惑によって、精神的に傷つき、体調を崩し、
マンガ家をやめるべきなのかとまで悩み苦しんだ。
しかし、萩尾先生にとって、マンガを描く事だけが存在証明であり、
生きる道だった。
マンガをやめるという選択は出来ない。
そうなれば、問題から遠ざかるしか手は無く、決別に至った。

問題解決の方法としては理解出来る。
しかし、50年の時を経て尚、竹宮先生との関与が、
精神状態や体調に影響を及ぼすものなのか、
出禁文書を赦せないのか。
そこが焦点となる。

何故なのか。

それは、萩尾先生が、自身のマンガ作品を通して世に知らせている。

(続く。)

(進行が鈍くてごめんなさい。)


竹宮先生からの出禁文書にショックを受けて体調を崩し、
萩尾先生は東京を離れ、郊外に引っ越した。
そしておよそ半世紀の後、「ジルベール」発行で注目を浴び、体調を崩し、
騒動の収束の為に「大泉」を発行。

巻末に、マネージャー城章子さんによる記述があり、
ミッシングリンク的な役割を果たしている。
竹宮先生が、萩尾先生の脅威的な記憶力を恐れていた件。
増山さんの話で、実は、大泉に来る人達は萩尾先生が目当てだった件。
そして、萩尾先生の創作活動を守る為に、
城さんは「ジルベール」を竹宮先生の元に送り返した。

マンガの仕事に限らず、
スタッフや家政婦さんに現金や物を盗まれたというような事件は多く、
萩尾先生にとって、城さんという信頼をおけるマネージャーを得た意義は大きい。
城さんがいなければ、もっと早い段階で引退されていたかもしれない。


マンガの歴史を語る上で、萩尾先生も竹宮先生も重要な位置におられるが、
コアな評論家の筆になれば、萩尾先生が存在価値においてリードする。
しかし、BLがコミックのみならず、ドラマや映画でも世界的に伝播した、
その創設者と言っても過言ではないのが、竹宮先生と増山さんであり、
その事実はもっと知らしめられるべきだろう。

萩尾先生と竹宮先生の作品を比較すべきではない。
(個人的には、子供の頃、限られたお小遣いでどの本を買うか、
 選択せざるを得ない状況があった事もあって、
 プライオリティを付けなければならず、比較、選択は付きまとった。)
今回の件で、ネットで、評論家のどなたかが、
「竹宮作品は時代とともに古びるが、萩尾作品は古びない。」と評していた。
そういう否定的な記述はやめて欲しかった。
竹宮先生の「ファラオの墓」「地球へ...」等は今見ても生き生きとしているし、
逆に、萩尾先生の現代日本の学園ものは、残念ながら、最初から古びている。


「ジルベール」で大泉が再注目されたが、
萩尾先生は当時を思い出す事を嫌い、
「24年組」と一括りにされるのも良しとしなかった。
(音楽等でも、ジャンル分けは評論家の領域でしかない。)

とは言え、
「ジルベール」で竹宮先生が萩尾先生をリスペクトしていたのに対して、
「大泉」の文章の辛辣さは全編通して激しい。
竹宮先生を「かの人」と称し、作品は目にせず、一切の関わりを絶った。
(記事の最初の段落で書いたように、
 小学館の日本歴史文学のコミック化の仕事で、
 萩尾先生がオファーを断り、私なんぞに振ってきたのは、
 竹宮先生がラインナップされていたからだと、判明した(と思う)。
 「大泉」での記述は少し違うようにも読み取れるが、
 かなり前の事で、多少の記憶違いがあっても不思議は無いので、
 無関係ではないだろう。)

この2作を通して、竹宮先生には謝罪と歩み寄りの気持ちが伺えるが、
半世紀過ぎて尚、萩尾先生の頑なさは際立つ。
20代前半の過ちを50年経っても赦せないものだろうか。

(続く。この後、佳境に入ります。)