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マンガ家Mの日常
先日、ネットニュースでささやななえこ先生の訃報に接した。

ところが、その後、購読中の新聞を見ても、訃報欄に記事が無い。

新聞は紙面が限られているので、
その日に他に重要なニュースが多ければ、カットされる記事もあるのは仕方ない。 
でも、何となく寂しい。

訃報を載せる基準とかあるのかな。
ささや先生は日本漫画家協会賞優秀賞を受賞しておられるけど、
それではインパクトが弱いのかな。

例えば、
萩尾望都先生や山岸涼子先生は、知識人からの評価がすこぶる高い。
里中満智子先生や池田理代子先生、竹宮惠子先生は、メディアと親和性が高い。

一方で、
大和和紀先生は、申し分ないキャリアに反して、世間一般の知名度がやや低い。
マスコミに出たがらない方だからなのかな。

ささや先生は、作品群を振り返れば、大作は少ないように見える。
でも、叙情に満ちた画面の独自性は萩尾先生に匹敵する。
もっと評価されて然るべきと思う。

でも、
本当の少女マンガファンの心の中だけに残っていれば良いのだとも思う。
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早朝、ネットニュースに驚く。

旧名の「ささやななえ」が馴染み深い。

小細胞肺がん。74歳。


世に言う「花の24年組」の1人。

少女マンガの世界を彩った可憐な花から、花びらが1枚抜け落ちた。

萩尾望都先生、山岸涼子先生ら、親交深い先生方の失意が寂しさを増幅させる。


「ダートムーアの少年」
「若葉の頃」
「あほんだら」

「りぼん」時代の叙情性豊かな作品が懐かしい。


随分前に、秋田書店の会長さんの葬儀でお姿をお見かけした。
社交に図々しくなれた今の自分なら、一言話かけられたかもしれないけど、
残念ながら機会を逸した。


ご冥福をお祈りします。


日テレの調査報告書が出されて、ますます混迷する「セクシー田中さん」問題。

芦原先生がドラマ化に不信感を抱いた事柄の中の一つに、
登場人物の「キャラ変」があった。

田中さんを慕う後輩女性の設定。
原作では、家庭の経済的事情で短大に進んだとなっているが、
日テレ側は、
現在、短大は馴染みが薄い、
同じような経済的事情でも、可愛い制服の学校に行けなかった、としようと提案した。
(それがどう決着したかは知らない。)
芦原先生は「可愛い制服なんてどうでもいい。」と立腹だったらしい。
 
原作もドラマも見ていないので、正確な事は言えないが、
おそらく、
この後輩女性は、本質的には上昇志向の持ち主だったが、
短大に進学せざるを得なくなった時点で、諦めのような感覚に支配され、
自ら可愛子ちゃん路線を演出するしかなくなっていた。

しかし、
可愛い制服に憧れて、とされると、
キャラクターの内面が切り離され、ただの可愛子ちゃんになってしまう。

日テレ側としては、そういう単純化によって、
わかりやすい設定に落とし込もうとしていたのだろうけど、
それでキャラクターの内面が変えられてしまうと、
その後の物語の展開、キャラクターの心理や言動も、何もかも違ってしまう。
もうメチャクチャ。
日テレ側はそれをわかっていない。

芦原先生のイライラが募っていったのも無理ない。


芦原妃名子先生が自死された事件で、
日本TVがようやく社内の調査報告書をまとめて発表。

ネットでひと通り読んでみると、
事件の後に報道された事柄からいくらも深掘りされておらず、自己弁護に終止している。
自社のドラマ制作部門を庇い、原作者と脚本家の対立構造に落着させようとしている。
芦原先生が不満をぶちまけたのが問題の発端だったような書き方。
死者に鞭打つ非道。

芦原先生が事前に要望を伝えた事が、ドラマ制作部門に正確に伝わっておらず、
徹底されなかった。
その齟齬が何故起きてしまったか。
そこが根本原因なのに、肝心な事が曖昧にされたままとなっている。
要するに、自社に不都合な結果だから。

これでは芦原先生も浮かばれない。