劇画原作の巨匠、小池一夫先生永眠。
年代が離れているし、
大人の男性向けの劇画の原作が主な仕事だったので、
遠い世界の人という印象だった。
原作といっても、殆どネームのような状態だとか、
一般的な原作者よりも、原作料のパーセンテージがかなり上だとか、
人伝てに聞いて知っているのがその程度。
劇画村塾というマンガ家養成教室のようなものを運営しておられたそうで、
講義の要約のようなパンフレットを友人がコピーしたのをくれた。
マンガ家は自分自身で考える力を持っていなくてはならないし、
習って描けるものでもない。
ましてや要約を読んだだけではピンとこなかったけど、
自分の頭の中だけで展開する孤独な作業なので、
外からの導きというのを知っていると知らないとでは、
歩みの確実性も違って来るだろう。
もっと早い時期に勉強する機会があれば良かったとも思うが、
自分のようなタイプだと、
逆にもっと頭でっかちになってしまっていたかもしれない。
学びにもタイミングが重要。
ご冥福をお祈りします。
年代が離れているし、
大人の男性向けの劇画の原作が主な仕事だったので、
遠い世界の人という印象だった。
原作といっても、殆どネームのような状態だとか、
一般的な原作者よりも、原作料のパーセンテージがかなり上だとか、
人伝てに聞いて知っているのがその程度。
劇画村塾というマンガ家養成教室のようなものを運営しておられたそうで、
講義の要約のようなパンフレットを友人がコピーしたのをくれた。
マンガ家は自分自身で考える力を持っていなくてはならないし、
習って描けるものでもない。
ましてや要約を読んだだけではピンとこなかったけど、
自分の頭の中だけで展開する孤独な作業なので、
外からの導きというのを知っていると知らないとでは、
歩みの確実性も違って来るだろう。
もっと早い時期に勉強する機会があれば良かったとも思うが、
自分のようなタイプだと、
逆にもっと頭でっかちになってしまっていたかもしれない。
学びにもタイミングが重要。
ご冥福をお祈りします。
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手間を惜しんで何も調べないのは手抜きと言われても致し方無く、
その点のご批判があればお受けするしかありませんが。
ネットの記事では作中の2コマが紹介されていただけなので、
作品全体の成り立ちやシチュエーションが分からない。
作品の主人公なのか、ジェンダー・バイアス排除について語っている、
センスが良いクールな美女。
こういうアンニュイな雰囲気が作者の作品の個性なのだろう。
ジェンダー・バイアスに切り込む姿勢はとても大事。
でも、ちょっと引っかかってしまった。
美女がジェンダー・バイアスについて語って、
果たしてどれだけの説得力があるのだろうか。
この美女が人生の中で、ジェンダー・バイアスで不利益を被った事があるだろうか。
あったとしても、利益が不利益を遥かに優っているだろう。
彼女を、知的でクールで、可愛げが無いと感じる男性がいたとしても、
おそらく、同様に知的でクールでハイセンスな男性が接近してくるだろう。
彼女が苦難の渦中にあるとは思えない。
そして、まず、
ジェンダー・バイアスに囚われている多くの女性達は、
聞きなれない「ジェンダー・バイアス」という単語にたじろいでしまう。
知的でクールでハイセンスな単語を振り回す美女に近寄り難さを感じ、
それよりは、生暖かいジェンダー・バイアスの中に埋没する事を選んでしまう。
せっかくの主張であれば、何かもっと説得力のある状況の演出が欲しかった。
鮎原こずえもオスカルも岡ひろみも、
身近な男性と恋に落ちたり、男性のサポートを得たりはしているが、
ぶれる事なく自分自身の目標に向かって突き進んで行った。
そういう姿勢を示すヒロインを描く事が、
ジェンダー・バイアスを突き崩す力に繋がる。
以前、「ホラーM」の担当者から
「たまいさんのヒロインは目標を持って進むタイプですね。」と言われた。
その担当者には、読者アンケート獲得の為にも、
恋愛要素をもっと入れるよう言われてもいたのだけど、
読み手として理解を示してもらえたのが有難かった。
ハーレクインは恋愛メインのジャンルだけど、
原作を改変しつつ、働いて自立するヒロインを描くよう努めた。
少しでも読者の方々に伝わっていればと願う。
批判めいた話が続いてしまったけれど、
作者の方には大いに賛同します。
ジェンダー・バイアスを少しでも排除出来るよう、ご活躍を期待します。
蛇足ですが、
作品の画面がやたら白いのが気になった。
そりゃ、まぁ、画面を埋め尽くせば良いってもんでも無いし、
作者の個性でもあるだろうし、
重要なセリフに焦点を当てる為に、セリフ部分をメインに画面構成したと、
見て取れなくも無い。
そしてまた、昨今、出版不況でマンガ家の懐具合も微妙な上に、
アシスタント志望者も少なく、人手が足りない。
シンプルな画面を個性として描く事で、仕事量をこなせているのかもしれない。
でも、やっぱり、もうちょっと、画面に
色(注/カラーで描くって事じゃなくて、色艶の意味ね。)が欲しいかなぁ。
(このテーマ、終了。)
その点のご批判があればお受けするしかありませんが。
ネットの記事では作中の2コマが紹介されていただけなので、
作品全体の成り立ちやシチュエーションが分からない。
作品の主人公なのか、ジェンダー・バイアス排除について語っている、
センスが良いクールな美女。
こういうアンニュイな雰囲気が作者の作品の個性なのだろう。
ジェンダー・バイアスに切り込む姿勢はとても大事。
でも、ちょっと引っかかってしまった。
美女がジェンダー・バイアスについて語って、
果たしてどれだけの説得力があるのだろうか。
この美女が人生の中で、ジェンダー・バイアスで不利益を被った事があるだろうか。
あったとしても、利益が不利益を遥かに優っているだろう。
彼女を、知的でクールで、可愛げが無いと感じる男性がいたとしても、
おそらく、同様に知的でクールでハイセンスな男性が接近してくるだろう。
彼女が苦難の渦中にあるとは思えない。
そして、まず、
ジェンダー・バイアスに囚われている多くの女性達は、
聞きなれない「ジェンダー・バイアス」という単語にたじろいでしまう。
知的でクールでハイセンスな単語を振り回す美女に近寄り難さを感じ、
それよりは、生暖かいジェンダー・バイアスの中に埋没する事を選んでしまう。
せっかくの主張であれば、何かもっと説得力のある状況の演出が欲しかった。
鮎原こずえもオスカルも岡ひろみも、
身近な男性と恋に落ちたり、男性のサポートを得たりはしているが、
ぶれる事なく自分自身の目標に向かって突き進んで行った。
そういう姿勢を示すヒロインを描く事が、
ジェンダー・バイアスを突き崩す力に繋がる。
以前、「ホラーM」の担当者から
「たまいさんのヒロインは目標を持って進むタイプですね。」と言われた。
その担当者には、読者アンケート獲得の為にも、
恋愛要素をもっと入れるよう言われてもいたのだけど、
読み手として理解を示してもらえたのが有難かった。
ハーレクインは恋愛メインのジャンルだけど、
原作を改変しつつ、働いて自立するヒロインを描くよう努めた。
少しでも読者の方々に伝わっていればと願う。
批判めいた話が続いてしまったけれど、
作者の方には大いに賛同します。
ジェンダー・バイアスを少しでも排除出来るよう、ご活躍を期待します。
蛇足ですが、
作品の画面がやたら白いのが気になった。
そりゃ、まぁ、画面を埋め尽くせば良いってもんでも無いし、
作者の個性でもあるだろうし、
重要なセリフに焦点を当てる為に、セリフ部分をメインに画面構成したと、
見て取れなくも無い。
そしてまた、昨今、出版不況でマンガ家の懐具合も微妙な上に、
アシスタント志望者も少なく、人手が足りない。
シンプルな画面を個性として描く事で、仕事量をこなせているのかもしれない。
でも、やっぱり、もうちょっと、画面に
色(注/カラーで描くって事じゃなくて、色艶の意味ね。)が欲しいかなぁ。
(このテーマ、終了。)
志あってのインタビューに難癖つけるようで申し訳ないです。
でも、やっぱり、少し気になった。
ネット記事の中で、キャラクターが
ジェンダー・バイアスに言及しているシーン2コマが紹介されていた。
勿論、そのたった2コマで作品を評価するような暴挙もすべきではないのだけど。
描かれているキャラクターの女性は、マンガ家なのか、編集者なのか、
出版関係者なのか、はたまた全くの部外者なのか、それは分からない。
長い台詞で、ジェンダー・バイアスがかかった少女マンガは排除されるべきだと
自説を語っている。
こういう意見が出た場合、必ず出てくる論調がある。
「ウチは妻が専業主婦で、上手くいっている。」
そして、家事が好きで専業主婦になりたい女性も少なからずいる。
単純に、男性をサポートしたいタイプの女性を描いた作品を排除すれば、
それはそれで何らかの差別になってしまう。
でも、個人的には、
より慎重にジェンダー・バイアスは排除されていくべきと考える。
その点では、当のキャラクターと近い考え方。
そして、作者の方はどうなんだろう。
ご自身の過去作で、ジェンダー・バイアスがかかっていると思える作品は
あるのか、無いのか。
もしあるとしたら、それらを完全に絶版にして、デジタル配信の契約も切る、
そうした処置は行っているのだろうか。
35年のキャリアの責任は重い。
でも、やっぱり、少し気になった。
ネット記事の中で、キャラクターが
ジェンダー・バイアスに言及しているシーン2コマが紹介されていた。
勿論、そのたった2コマで作品を評価するような暴挙もすべきではないのだけど。
描かれているキャラクターの女性は、マンガ家なのか、編集者なのか、
出版関係者なのか、はたまた全くの部外者なのか、それは分からない。
長い台詞で、ジェンダー・バイアスがかかった少女マンガは排除されるべきだと
自説を語っている。
こういう意見が出た場合、必ず出てくる論調がある。
「ウチは妻が専業主婦で、上手くいっている。」
そして、家事が好きで専業主婦になりたい女性も少なからずいる。
単純に、男性をサポートしたいタイプの女性を描いた作品を排除すれば、
それはそれで何らかの差別になってしまう。
でも、個人的には、
より慎重にジェンダー・バイアスは排除されていくべきと考える。
その点では、当のキャラクターと近い考え方。
そして、作者の方はどうなんだろう。
ご自身の過去作で、ジェンダー・バイアスがかかっていると思える作品は
あるのか、無いのか。
もしあるとしたら、それらを完全に絶版にして、デジタル配信の契約も切る、
そうした処置は行っているのだろうか。
35年のキャリアの責任は重い。
インタビューの中で、ジェンダー・バイアスが発生する要因の一つとして、
少女マンガ家のデビュー年齢が指摘されている。
集英社系では特に早い方が良いと考えられている。
15歳か、16歳くらい。
その辺りの年齢が読者ターゲットの年齢層に近く、
読者の感性をそのまま描けるからというのが理由。
まだ子供なので、大人の編集者がコントロールし易いというのもある。
「別マ」では20歳過ぎたら新人賞で受け付けないという話まで聞こえた。
16歳でデビューして、社会経験が乏しいままマンガ家生活に移行。
描けるジャンルは限られてしまう。
その事に気付きもしないかもしれない。
出版社としては、売り上げが第一なので、
そうした雑誌を好んで購入する読者にも責任の一端はある。
とは言え、多くの女性読者が少女誌から離れ、
少年誌や青年誌を購入するようになったのは、
ラブコメ一辺倒の少女誌では意識を満足させられなくなったからに他ならない。
そういう読者を逃してしまったのは、編集部の戦略の失敗だとしか考えられない。
OLを読者ターゲットに掲げた女性誌でも、
読者の中心は専業主婦だったりするので、
主婦にとって身近で関心の高いテーマ、例えば料理、生活情報等を
描くよう求められる。
それがマンガの役割なのか、と思ってしまう。
10代の少女にとっての恋愛、
40代主婦にとっての家事、
そういった身近な今の関心事に意識が集中し、内向きになり、
外界に関心が向き難くなっている。
読者、編集部、マンガ家、
3方が首を絞めあっている。
このマンガ家さんの経歴として、(有名)女子大哲学科中退と紹介されている。
将来的にマンガ家を目指していて、見事デビューを果たし、仕事が軌道に乗り、
忙しくなったので中退に踏み切ったのではないかと推察されるのだけど、
やはり、大学は卒業して欲しかったと思う。
記事として、有名大学の名前を載せる辺りが、
インタビューに説得力を持たせようという、
一種の学歴バイアスのようにも感じられる。
世の中、バイアスに満ちている。
少女マンガ家のデビュー年齢が指摘されている。
集英社系では特に早い方が良いと考えられている。
15歳か、16歳くらい。
その辺りの年齢が読者ターゲットの年齢層に近く、
読者の感性をそのまま描けるからというのが理由。
まだ子供なので、大人の編集者がコントロールし易いというのもある。
「別マ」では20歳過ぎたら新人賞で受け付けないという話まで聞こえた。
16歳でデビューして、社会経験が乏しいままマンガ家生活に移行。
描けるジャンルは限られてしまう。
その事に気付きもしないかもしれない。
出版社としては、売り上げが第一なので、
そうした雑誌を好んで購入する読者にも責任の一端はある。
とは言え、多くの女性読者が少女誌から離れ、
少年誌や青年誌を購入するようになったのは、
ラブコメ一辺倒の少女誌では意識を満足させられなくなったからに他ならない。
そういう読者を逃してしまったのは、編集部の戦略の失敗だとしか考えられない。
OLを読者ターゲットに掲げた女性誌でも、
読者の中心は専業主婦だったりするので、
主婦にとって身近で関心の高いテーマ、例えば料理、生活情報等を
描くよう求められる。
それがマンガの役割なのか、と思ってしまう。
10代の少女にとっての恋愛、
40代主婦にとっての家事、
そういった身近な今の関心事に意識が集中し、内向きになり、
外界に関心が向き難くなっている。
読者、編集部、マンガ家、
3方が首を絞めあっている。
このマンガ家さんの経歴として、(有名)女子大哲学科中退と紹介されている。
将来的にマンガ家を目指していて、見事デビューを果たし、仕事が軌道に乗り、
忙しくなったので中退に踏み切ったのではないかと推察されるのだけど、
やはり、大学は卒業して欲しかったと思う。
記事として、有名大学の名前を載せる辺りが、
インタビューに説得力を持たせようという、
一種の学歴バイアスのようにも感じられる。
世の中、バイアスに満ちている。
以前にも書いた通り、
恋愛に意識を高める事が悪い訳ではなく、
人と人との関わりにおいて、恋愛はとても重要だと言う事に変わりはない。
しかし、子育てが女性の役割に限定されていたように、
恋愛もまた、女性の役割に定められてしまうのか。
女性は恋愛に人生を捧げなければならないのか。
5年前、「別冊マーガレット」創刊50周年記念で
大規模な原画展示会が開催された。
数々の名作の原画が見られるとあって、喜び勇んで鑑賞に赴いた。
原画展そのものは期待以上の素晴らしい内容。
ところが、全体のタイトルとして「LOVE」がクローズアップされており、
図録の表紙も、人気キャラクターのキスシーンで埋め尽くされていた。
一体、誰が、何故、
少女達を恋愛のカテゴリーの中だけに監禁しようとしているのか。
はい、
ここでまた編集部批判をすると、ブラックリスト入り強化されそうですが...。
商業誌の永遠の課題として、売上を伸ばさなければならないのは、
編集部のみならず、マンガ家にとっても共通認識。
雑誌作りにおいては編集権のある編集部が上位にあり、意思決定の権利を持つ。
また、担当するマンガ家の成績が編集者の成績ともみなされるので、
担当マンガ家の読者アンケートを伸ばす事に力を傾ける。
そうすると、手っ取り早く結果を出す為に、
今流行っている作品に寄せた作品を描くよう、マンガ家にテコ入れする。
マンガ家は、仕事をホサれるのを恐れて、編集者のリーディングに背けないし、
アンケートで上位に行けば自分自身の得でもあるので、
ウカウカと乗っかってしまう。
その繰り返しで、
雑誌は「雑」の特性を失い、同傾向の作品ばかりがひしめき合う。
70年代前半に少女マンガが爆発的ヒットを生み出し、
商業としての位置付けを確立させた。
しかし、それが逆に足枷となって、売上第一主義がどこまでも強化され、
視野狭窄に陥った。
誰もがマンガ家を目指したきっかけとして、夢中になって読んだ作品があり、
憧れのマンガ家さんがいた。
私も萩尾望都先生に傾倒し、萩尾先生のような作品を描きたいと願った。
最初は単純なテクニックの真似から始まるものではある。
でもそれはあくまでも修業時代の段階まで。
デビュー出来る段階を超えたら、自分自身の個性を見つめ直す。
「〜先生のような」という気持ちはずっと持ち続けるけれど、
それは、〜先生のような洞察力や感受性、作品世界の奥深さを見習うという事。
そうした事はマンガ家個々人が長期的姿勢として抱える事で、
次号の売り上げに追われる編集者は待ってはくれない。
さあ、読者の共感を得る為に、まずは身近なラブコメを描きましょう。
恋愛に意識を高める事が悪い訳ではなく、
人と人との関わりにおいて、恋愛はとても重要だと言う事に変わりはない。
しかし、子育てが女性の役割に限定されていたように、
恋愛もまた、女性の役割に定められてしまうのか。
女性は恋愛に人生を捧げなければならないのか。
5年前、「別冊マーガレット」創刊50周年記念で
大規模な原画展示会が開催された。
数々の名作の原画が見られるとあって、喜び勇んで鑑賞に赴いた。
原画展そのものは期待以上の素晴らしい内容。
ところが、全体のタイトルとして「LOVE」がクローズアップされており、
図録の表紙も、人気キャラクターのキスシーンで埋め尽くされていた。
一体、誰が、何故、
少女達を恋愛のカテゴリーの中だけに監禁しようとしているのか。
はい、
ここでまた編集部批判をすると、ブラックリスト入り強化されそうですが...。
商業誌の永遠の課題として、売上を伸ばさなければならないのは、
編集部のみならず、マンガ家にとっても共通認識。
雑誌作りにおいては編集権のある編集部が上位にあり、意思決定の権利を持つ。
また、担当するマンガ家の成績が編集者の成績ともみなされるので、
担当マンガ家の読者アンケートを伸ばす事に力を傾ける。
そうすると、手っ取り早く結果を出す為に、
今流行っている作品に寄せた作品を描くよう、マンガ家にテコ入れする。
マンガ家は、仕事をホサれるのを恐れて、編集者のリーディングに背けないし、
アンケートで上位に行けば自分自身の得でもあるので、
ウカウカと乗っかってしまう。
その繰り返しで、
雑誌は「雑」の特性を失い、同傾向の作品ばかりがひしめき合う。
70年代前半に少女マンガが爆発的ヒットを生み出し、
商業としての位置付けを確立させた。
しかし、それが逆に足枷となって、売上第一主義がどこまでも強化され、
視野狭窄に陥った。
誰もがマンガ家を目指したきっかけとして、夢中になって読んだ作品があり、
憧れのマンガ家さんがいた。
私も萩尾望都先生に傾倒し、萩尾先生のような作品を描きたいと願った。
最初は単純なテクニックの真似から始まるものではある。
でもそれはあくまでも修業時代の段階まで。
デビュー出来る段階を超えたら、自分自身の個性を見つめ直す。
「〜先生のような」という気持ちはずっと持ち続けるけれど、
それは、〜先生のような洞察力や感受性、作品世界の奥深さを見習うという事。
そうした事はマンガ家個々人が長期的姿勢として抱える事で、
次号の売り上げに追われる編集者は待ってはくれない。
さあ、読者の共感を得る為に、まずは身近なラブコメを描きましょう。