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マンガ家Mの日常
PCを開いて、
お気に入りの画面からブログにアクセスしようとしたら、
「リダイレクト警告」というのが出て来た。

何故?
何の為に?

「リダイレクト警告」を検索してみたが、
正直、意味がわからない。
改めて記事等をよく読み込んで、対処しなければならないのかも。

とりあえず、ペンネームからブログにアクセスしてこれを書いている。

よくわからないけど、
昨日の記事で「死体」とかに触れたからかなぁ。

でも、その程度の言葉だけでいちいち警告されてたら、
サスペンスに関する事とか全く書けなくなる。

やっぱり、何か別の理由?
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話題の少年マンガについて芸人さん達が語り合うバラエティ番組。
少し前に録画していたのをやっと身終えた。

設定やストーリーの流れについて、ザッと見聞きしたところ、
令和版「デビルマン」って感じ?
高校生くらいの男女を中心に、デビルハンター達が悪魔を次々倒す。
今風のポップで洗練された絵柄。
悪魔の描写や残虐シーンの迫力が凄い。
作者は映画ファンでもあるそうで、そう知ると、最初のトマトの悪魔は、
若き日のジョージ・クルーニーの「アタック・オブ・ザ・キラー・トマト」に
インスパイアされたのかなと思ったりする。

残虐シーンの迫力がとにかく凄い。
ダーク・ファンタジーと言ってしまえばそれまでなのだけど、
小学生とかに読ませるのは、ちょっと躊躇う。
でも、そこが最大の見せ場。

かつて、現実に残虐な事件が起きて、幼い子供達が犠牲になった時、
マンガでも、残虐シーンに規制がかけられた。
大震災の時は、災害のシーンにも規制がかけられ、掲載を見送られた作品もあった。

ところが、事件の記憶が薄れてしまうと、
また残念シーンが求められるようになってしまう。
当の雑誌から、残虐シーン、暴力シーンを排除すると、
紙面の2/3くらいは掲載されなくなるだろう。

線引きは常に難しい。
冒頭の作品に関しては、残虐シーンがある事で、
作者の自由奔放なイマジネーションが発揮される。
それはそれで、一つの芸術の形。

当時の少年誌を読んでいないので、作品の内容までは知らないのだけど、
お名前は記憶している。

ネットニュースを眺めていたら、
遊人先生がネットでご自身の原画(作品毎にまとめて)を売りに出している、
というインタビュー記事が出ていた。
紙原稿の保管の問題(と、おそらくは多少の収益の為?)。
元の原稿は既に高解像度でスキャン済みで、デジタルでの保管としている。

同時に、現在の電子書籍の問題も語っておられた。
出版社に体力が無く、デジタルコミックの作品を印税も払わずに買い取っているとか。
安く買い叩かれて、マンガ家は収入が激減。
今後は、低品質の作品が電子書籍の中に溢れかえるだろうと。
マンガもYouTubeのようになるだろうと。

ちょうど昨日、同じ事を考えていた。
ネットで気軽に作品を公表出来るのは素晴らしいけど、
これまでのような、出版社が気持ちを込めて作品に取り組む姿勢は無くなり、
中途半端な作品が大量に出回り、
ごく稀に、一部の作品だけが大きくクローズアップされて、メガヒットを記録する。
ちょっと運任せ。
まさしく、マンガのYouTube化。

少し前には、奥浩哉先生も、昨今のデジタル化やリモートワークに懸念を示されていた。
若手がベテラン作家の元でアシスタントとして直接仕事をする事で、
絵の技術だけでなく、連載の仕方等々、様々学べていたものが、出来なくなる。
学びの場が無くなり、現時点で実力のあるアシスタントだけが仕事出来る状況になると、
そうした数少ない実力派のアシスタントの奪い合いになる。

読者も…、
電車の中でスマホでサクサク眺められるような作品だけに触れて、
紙の本という形のしっかりした作品が力を失ってしまう。

コロナ禍での巣篭もりで、マンガの需要は上がったらしいけど、
作品作りの態勢は崩れている。

日本の作家の力が弱まる一方で、
韓国や台湾とか、他のアジア圏からやる気のある作家が出て来て、
日本の市場にドシドシ参入するのだろう。

日本のマンガって、そろそろオワコンなんだろうか。

ここ暫くの間、
人気作家さん達の訃報や、病気、不調、等々の情報がSNSで流れるのを目にする。
  
情報が流れるのは、SNSという発信ツールがあるからで、
それ以前には、発信出来ていなかっただけで、
当時もマンガ家が不調に陥るケースは多々あったのだと推察される。

過酷な仕事で、身体を蝕まれる。
身体の不調は心の不調を引き起こす。

デジタル化、リモート化で、縦の繋がりが薄れ、
アシスタントとして、昔ながらの勉強をする場が無くなりつつあり、
週間連載の過酷な状況にマンガ家が持ち堪えられなくなり…、
これまでのマンガの仕事の構造は崩れつつある。
先が見えない。
日本の作家が縮小していく中、韓国や、その他のアジア諸国から、
これまでとは違ったタイプの作家が誕生して、市場に参入していくのだろう。


改めて、
萩尾望都先生の50年間に渡る作家業の偉業に感じ入る。

萩尾望都先生、旭日中綬章受勲のお祝いにお花を送ったところ、
今朝、返礼品が届きました。

お祝いは受ける側も大変。
方々にお返しをしなければならない。
萩尾先生の所はベテランのマネージャーさんがおられるから安心。

bonbonnière(キャンディ入れ)
慶事の返礼品として使われる。
包装を開いたら、菊の御紋の入った箱が現れて、中には有田焼のbonbonnière。
可愛らしい金平糖が入っていた。

金平糖の賞味期限は1年間くらいのようだけど、これは手を付けられない。
包装し直して食器棚に収納し、このまま家宝にします。


小学生の時に萩尾先生の作品に魅了され、今に至る。
ネットも何も無い時代では、情報に疎く、
商業誌のマンガ家さんは未知の世界の憧れだった。
萩尾先生は作品の神秘性もあって、まさしく雲上人。
それは今もほぼ変わりないのだけど、
だから余計に、こうしてお花を贈る嬉しさに歓喜する。
(大量にお花が届いて、後片付けも大変だと思うけど、それにはとりあえず目をつぶる。)