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マンガ家Mの日常
大ヒット作「光とともに」の連載中、病に倒れ、
一時は復帰されながらも、体調が悪化され、帰らぬ人となってしまわれました。
1年半程前の事です。
戸部先生が入退院されていた頃、お互い多忙で連絡をあまり取ってなかったのと
当時 私も同じような状態で 自分の事で精一杯だったのとで、
お見舞いに行く事も叶わぬままの お別れになってしまいました。
戸部先生のお仕事場でアシスタントをしておられる方が
時々ウチにもお手伝いに来て下さっていたので、
入退院、仕事周りの詳細については 亡くなられた後、その方から伺いました。

改めて御仏前にお別れの御挨拶を、と思ったところが
御自宅の連絡先は控えてあるものの、御家族とは面識が無く、
また、どのタイミングなら良いものかと悩んでるうちに
49日が過ぎ、1周忌が過ぎ...。

何故今頃 記事を書こうと思い立ったかと言うと、
明日7月30日が 戸部先生のお誕生日だったからです。

以前何年かの間 同じ秋田書店で仕事をしていた時期があり、
戸部先生とは会社のパーティで知り合いました。
一晩だけお仕事の手伝いに行かせてもらったり、
逆に 困った時にはアシスタントさんを紹介してもらったり、
お互いの仕事の合間には 何度か一緒にお食事に行ったり、
そう頻繁では無いながらも、緩やかな友人関係が続いていました。

一度、映画の試写会に連れて行っていただいた事がありました。
その日がたまたま7月30日で、試写会からの帰り道、戸部先生から
「実は今日が誕生日なの。」と伝えられました。
私とて さすがにそこまでは知らなかった訳ですが、
試写会にご招待いただいたお礼代わりにと、
ちょっと良い中国茶を 前の日に買って持参して来ていたもので、
「はい、お誕生日プレゼント。」と行って渡したら
それには びっくりされていました。(勿論 種明かしはしましたよ。)

そんな、他愛無いけど ちょっと微笑ましい思い出が なつかしいです。

仕事に大変意欲的で、連載作品の他にも 描きたい作品の構想がある、
といった話もされておりました。
まさか、まさか、こんな若くして亡くなられるとは、
御本人も、ご家族も、周囲の誰もが思ってもみなかった事で、
もっともっと沢山のマンガを描きたかったことでしょう...。

でも、ご無念だったろうとは思いたくありません。
沢山のステキな作品を描き、愛情深いご家族に囲まれて暮らして、
充実した人生を過ごされた、それが何より素晴らしい事だから。

仕事に頭が占領され、時間に追われ、意識が飛んで季節も忘れ、
やっと原稿が上がったら 身体ボロボロで、
少し休んで 身の回りの片付けをやっと済ませた頃には
もう次の仕事の準備に掛からなければならない。
そんな事の繰り返しで 何年も何年も過ごして来てしまって、
友人とじっくり付き合う事もままならない。
今も丁度ネームのブラッシュアップ中で、他の事が何も考えられない。

いつかいつかと思う間に 時が過ぎて行ってしまうから、
タイミングなぞにとらわれず、今の仕事が終わった時に御家族に連絡を取って、
御仏前に挨拶させてもらいに行くようにしようか。

もうじきお盆だね。
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