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マンガ家Mの日常
後期印象派を代表する巨匠、ルノワールの最晩年を描いた映画。
ルノワールの作品は沢山見てきたけど、この映画を見るまで、
人生については殆ど知らなかったことに気づかされた。
まぁ、それで構わない。

若い頃にはそれなりの苦労もあったけど、巨匠として世界的な名声を得て、
絵は高値で売れ、コート・ダジュールの海が見える一等地に屋敷を構え、
数人の使用人に世話されながら制作を続けていた。

1915年、第一次世界大戦の最中、
デデという少女が、ルノワールの妻の紹介でモデルとして現れる。
妻はデデが来る前に他界してしまっていた。
ルノワールはデデの美しさに、制作意欲を新たにする。
この辺り、先だってのマイヨールをモデルにした映画と同じだね。

70歳を過ぎたルノワールは酷いリュウマチの症状に悩まされ、
立つこともおぼつかず、車椅子生活。
指はひどく変形し、痛みを堪えながら、包帯で手に絵筆をくくりつけて描いていた。
(絵筆のエピソードは事実ではないという説もあるそうだけど。)
アトリエには戦争の火の粉も届かない。
次男のジャンは負傷して戦地から一旦戻されたが、
父親が戦争を顧みる事無く絵画に浸っているのをじれったく感じる。
この辺りもマイヨール映画と共通する。

物語という程のストーリー性は無くて、
ルノワールと息子達若い世代との僅かな隔たりや、
画家とモデル、家族との関係性等が緩やかに綴られる。
ルノワールは随分歳を取ってからの結婚だったようで、息子達とも歳が離れている。
珍しい事では無いだろうが、世代間ギャップが大きくなると、
意思の疎通はより困難になる。
芸術家としての偉大過ぎる地位と、大きくかけ離れた年齢が、親子でありながら
ルノワールと息子達との交流の妨げになっているように見える。

絵画に興味が無い人には退屈な映画かもしれない。
若い女の子の裸は見られるけどね。
マイヨールにしてもルノワールにしても、
美と自然の融合する芸術世界の追求に邁進する人生。
戦争の愚かさとは対極にいた。
戦時中の退廃を示すシーンとして、デデが娼婦としてとある屋敷の地下パーティで
将校達と戯れるシーンがある。
戦火と無縁で、光と自然の果樹に溢れる別天地コート・ダジュールに住めるのは
ルノワールのような雲上人に限られるのが現実であろうが、
健康的な自然の美と紫煙で満たされた地下パーティとの違いは、
思考の方向性の違いを見せつけている。

子供の頃は、ルノワールが描く可愛い少女像に単純に憧れた。
美大に行く頃になると、ただ可愛い絵というだけのテーマに物足りなさを感じた。
しかし、今改めてルノワールの作品に触れると、
色彩の煌めきの生き生きとした美しさに圧倒される。
美は自然と人の美しさを愛する心に宿る。

ルノワールを演じたのはフランスの盟友ミシェル・ブーケ。
映画撮影時、85歳。集大成のような映画だと言える。


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