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マンガ家Mの日常
拙作「ポー・ド・ルルスの娘」で、ナチスにまつわる話に触れたので、
慎重さを欠かないよう、関連書物やドキュメンタリー、
分かり易いところで映画を観るなどして、気を配って来た。
録画してると、ナチスを題材にした映画って沢山ある。
訴えかけが明快なのと、ある種のロマンがあるからだろうか。
でも、悲惨な事には変わりなく、観るのがしんどくて、
気持ちがしっかりしている時でないと観られない。

日本語で「ショー」と言うと、エンターテインメント性が強くて、
タイトルに語弊があるかもしれないけど、
この場合は「TV中継」の意味だろう。
邦題の副題に「男たち」なんて付いているのは余計だね。
歴史的偉業は男性によって成し遂げられると主張していて、不愉快。


ホロコーストの実行人と言われたナチスの将校アドルフ・アイヒマンが
戦後、逮捕され、ユダヤの地イスラエルで裁判にかけられた。
その模様を英国のスタッフがTVで実況中継。
裁判所からの撮影許可を取るのに苦労したり、
プロデューサーのミルトンがナチの信奉者から脅迫を受けたり、
様々な困難に直面しながら、長期にわたる中継を成し遂げる。

被告席で一切表情を崩さない、鉄面皮のアイヒマンが、
終盤でようやくホロコースト関与の一部を認める。


ドラマ的な大きな展開がある訳ではないけど、じっくりと観られる。
映画監督役のアンソニー・ラパーリアの静けさに貫禄がある。
プロデューサーのミルトン役は英国を代表する俳優マーティ・フリーマン。

時は否応なしに流れていくし、
何といっても、自分自身が戦争を体験していない。
収容所の様子を撮影した実際の映像が挟まれるのだけど、
作り物の映画のようにすら錯覚してしまう。
骸骨寸前まで痩せ衰えて、ようやく救い出された人、
死んで枯れ木のように干からびて、ゴミのように山積みされ、
ブルドーザーで無情にまとめて穴に押し込まれる人。
今の自分達の環境と乖離が大き過ぎて、一瞬では実感が掴めない。

しかし、これが戦争の実態。
弱い者の尊厳がいとも容易く踏みにじられてしまう。

TV中継スタッフの苦労云々よりも、
やはり、実際の映像の力が桁違いに強い。
そう言う意味で、今作は、映画として成功したのか、無意味だったのか、
微妙なライン。

領土問題解決の為に戦争しては、なんて言ってる頭のおかしい議員は、
まずこうした映画だけでも見ろ。
それでも戦争の悲惨さが分からないとしたら、人として終わってる。
アイヒマンと差が無い。


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