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マンガ家Mの日常
フランスの社会派ドラマ映画。


アンナとドリスの夫妻は、子供達3人と慎ましくも幸せに暮らしている。
一番下のシモンは里子。
18ヶ月の時、母親が亡くなり、悲嘆に暮れた父親エディは鬱病を発症。
子育てが出来ず、里親に預け、定期的な面会を続ける。

4年半経ち、生活に自信を取り戻したエディは、シモンとの暮らしを決意。
担当者は2人がクラス時間を増やし、親子関係を回復させようとするが、
我が子同様に愛情を注いで育てたアンナは、シモンを手放せない。
エディの父親業の欠点を責めたり、家族行事の度にシモンを同行させようと粘る。
シモンもまた、アンナから引き離される事に強く不安を感じる。

クリスマスの日、エディとシモンは親子で過ごす筈が、
アンナは半ば強引にシモンを家族旅行に連れて行く。
エディから連絡を受けた担当者が駆けつけ、シモンを引き取る。
別れの悲しみに号泣するアンナとシモン。
シモンは暫くの間共同生活の施設に入り、落ち着いてから父親の元へ。

数ヶ月後、アンナ達が家族でショッピングモールに出かけると、
仲良く連れ立って歩くエディとシモンの姿を見かける。


ストーリーだけ並べると、いかにも単純な話なんだけど、
それぞれの心情がヒシヒシと伝わり、胸を打つ。
担当者は「里親は仕事」と言ってアンナを説得するけれど、
1歳半から6歳までの、一番可愛い盛りを育てると、情が移るのも当然。
例えば半年とか、期間が短く設定されていれば、割り切れるかもしれないけど、
何年も一緒に暮らせば、そのままずっと続くようにも思えてしまうだろう。

愛情深いアンナを誰が責められようか。
シモンを手放すのに抵抗し始めた時の不穏な表情は凄みがある。

アメリカの映画やドラマでは、
里親をたらい回しにされた子供達の悲劇がしばしば描かれる。
養育費目当ての里親も珍しくないらしい。
日本ではあまり一般的ではないような。

今作は、ゴルジュアール監督自身が子供の頃に、
両親が18ヶ月の子供を里子として迎え入れて6歳まで育てたという、
実体験が元になっているだけに、説得力があり、
地味な展開ながらも、深い感情に引き摺り込まれる。

シモンの場合は、良い里親に恵まれ、その後、戻れる実家があったが、
日本でも、里親の家で問題を起こして施設の戻されたり、
18歳で独り立ちを求められたりと、難しい問題が山積している。

実の両親と暮らしていても、虐待されたりするケースもあるので、
何をどうすれば幸せなのか、結論は容易く出ない。

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この人なら信用できる、と、両手をあげて投票できる候補者がいない。
困ったもんだ。

友人は「選挙は所詮は顔。」と半ば諦め口調。
東京は現時点で当選予想の7人中4人が40代女性。
確かに皆さん美人。

夜、TV各局、選挙速報。
民放はアナウンサーがここぞとばかりに早口。
競馬の実況中継の感覚。

小さめの握り拳大のプラ容器に、ゼリー状の薬剤が入っている。
鼻を近づけると、酸っぱい匂いがする。

キッチンの側に置いて、2、3日様子を見ると、中に数匹の小蝿の影が確認出来た。
たった数匹?とは思うのだけど、
これまでしつこくまとわりついて来た小蝿が減ったので、
おそらく効力はあるのだろう。
たまにチラホラ徘徊する小蝿も、何となく元気が無くて、すぐに叩き潰せる。

とりあえず、今年はこの小蝿取りにすがる。

有名自動車メーカー、フェラーリ創業者エンツォ・フェラーリの伝記映画。


1947年創業のフェラーリ社はレーシングカーの名車として名を馳せていたが、
経営状況は悪化して、倒産寸前。
フィアットやフォードからの買収工作が絶えない。
エンツォは社運を賭けて、公道レース、ミッレミリアに参戦。
ミッレミリアは1927年から続く伝統あるレースで、
フェラーリは47年創業以後、ほぼ優勝を独占する勢いだった。

私生活では前年に一人息子のディーノを難病で亡くし、
妻ラウラとは険悪な状態に陥っていた。
エンツォは、戦時中、従軍先で知り合った女性リナと愛人関係を続けており、
頻繁に愛人宅で過ごし、12歳の息子がいる事もラウラに気づかれてしまう。
レースの資金繰りの問題で、書類にラウラのサインが必要で、頭が上がらない。
ラウラは、自分が生きている間は離婚しない事を条件に持ち出す。

ベテランと有望な若手のレーサーを揃え、ミッレミリア、スタート。
好調に進む中、タイヤ交換をパスした若手のポルターゴは、
郊外の道路で異物を踏んでタイヤがパンクし、大事故で死亡。
沿道の観客数名も巻き込まれ、多くの死傷者が出た。
レースはベテランドライバー、タルッフィがフェラーリに勝利をもたらしたが、
事故を受けて、イタリア政府は以降の開催中止を命じた。

妻ラウラは宣言通り、離婚はしなかった。
愛人の息子ピエロは身分を隠してフェラーリ社に入社し、その後跡を継いだ。


前半は、夫婦のドロドロが中心。
息子が難病で苦しんでいるのに、愛人にうつつを抜かされてたら、
妻は怒って当然。
戦地で生きるか死ぬかの時に、なんか女性にクラッとする気持ちは
わからないでもないけど。

後半のレースシーンは流石の映像。
車に詳しい人なら、もっと夢中で楽しめるんだろうな。
公道レースで、街中の狭い通りをレーシングカーが猛スピードで駆け抜ける。
観客との間の緩衝材が積み藁で、危ないなぁと思っていた途端、
郊外で大クラッシュ。
事故については知らなかったので驚いた。
ポルターゴは身体が真っ二つ。
そこまでキツイのは、映画としては見せなくても良かったんではなかろうかと、
思うのだけど、事故を正確に再現しようという監督の意図があったのだろう。

この時エンツォは59歳で、主演のアダム・ドライバーは老けメイクで演じている。
年相応の俳優にすればと思うんだけど、
現在のハリウッドでのアダム・ドライバーの勢いに賭けたのかな。
最初はクリスチャン・ベールにオファーが行っていたとか。

個人的に、カーレースに思い入れは無いけれど、映画は良かった。
当時の車であったり、ロケ地であったり、映画の「姿」が美しい。
細部まで制作者のこだわりが徹底していたのが、リアルな響きとなったのだろう。

第2次世界大戦から12年後、
まだ人々の精神状態に戦争の影が色濃く、
戦場と、高級車の販売という、2つの戦争を経験するエンツォ達の、
生死を厭わずレースに賭ける意気込みが、今の感覚では怖い。
レーサー達が、前夜に家族宛の遺書のような手紙を書いていた。

21世紀も4分の1が過ぎ、自動車は本気の「自動」になりつつある。
カーレースも、過去の遺物になっていくんだろう。
まぁね、フェラーリなんて、乗る事ないまま一生を終えそうなんだけど。






テニススクールに向かう途中、何かの弾みで手元からiPhoneが滑り落ちた。
歩道の敷石の上に落下。
操作のガラス面は無事。
以前はちょっとの事でパリパリと砕けていたガラス面も、随分頑丈になった。
その代わり、裏面に少しヒビが入っていた。
落とした方向のせいもあったのだろう。
それでも、割れて剥がれ落ちる程ではないので、良しとしよう。

台風の影響で昨日から強風。
テニススクールは、風を考慮してボレー練習中心。
最後に短く試合形式の練習。
珍しく3ゲーム負け無しで、気分良く帰る。