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マンガ家Mの日常
アメリカが、ベネズエラに続き、イランを攻撃して、最高指導者ハメネイ師を殺害。
空爆で女子小学校も破壊され、多くの死傷者が出た。

ベネズエラの麻薬組織を潰すとか、
イランの核開発を止めるとか、
色々と正義のセリフを並べるけれど、結局は石油利権。

いきなり他国を攻撃して、大統領を拉致したり、最高指導者を殺したり、
それは国連憲章にも違反する暴挙ではないのか。

ロシアがやりたい放題。
アメリカもやりたい放題。

暴力ではなく、政治で物事を解決するのが政治家の役目の筈。

イランが報復攻撃に出る様を見ると、第三次世界大戦が始まったかのような様相。

もし、何かが解決したとしても、亡くなった人達にとっては、世界の終わり。

酷過ぎる。

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第45、47代アメリカ大統領トランプ氏の青年期を描いた伝記映画。


スパルタな父親の元、ケチな不動産屋として働くドナルドは、
富裕層の仲間入りを狙って、権力者達のパーティーに参加し、
辣腕弁護士ロイ・コーンに出会うと、なぜか気に入られ、指導を受けるようになる。

ロイのモットーは「常に攻撃しろ、非を認めるな、負けを認めるな」の3点。
政財界での裏工作にも長けていて、権力者の弱みを握って、
ドナルドの仕事に多大な便宜を図る。

ロイに感化され、後押しを受けて成功の階段を登り始めたドナルドは、
瞬く間に強欲な面を露わにし始める。
モデル上がりの美人妻イヴァナにも、実の兄にも冷淡な態度をとる。
認知症の兆候が見える父親には、財産管理の全委任を取ろうとする。
隠れゲイのロイがAIDSに罹患すると、冷酷に切り捨てる。
ロイの病状が深刻になると、誕生日パーティーを開いて親切ぶるが、
ダイヤモンドと偽ってプレゼントしたカフスボタンは、
模造品のジルコニアだった。


いやはや。
ある意味、アメリカって凄いね。
ソシオパスのゲスヤローと周知されていても、大統領にしちゃうし、
こんな映画を公開できちゃうし。

大統領って、「偉人伝」に描かれる人物の筈なんだけど、
ゲスなエピソードの連続で、良いところや、共感できるところが全く無い。
凶悪なテロリストでも、ホロッとさせられるようなエピソードがあるものだけど。

ロイ・コーンは赤狩りで名をあげた検察官で、
失脚後に弁護士に転身してからも、悪名で知られる。
2003年公開のドラマのミニシリーズ「エンジェス・イン・アメリカ」で、
アル・パチーノがロイを演じた。
まぁ、情けをかけるような人物ではないのだけど、
ドナルドに見捨てられるシーンは流石に気の毒に見えた。
ドナルドがロイを上回る悪名にのし上がった。

ラストのカフスボタンが象徴するように、ドナルドは見せかけの「ダイヤモンド」で、
実際は模造品のジルコニアだったが、ロイですら、それを見破れなかった。

映画としては面白いのだけど、
これが現実の大統領だっていうアメリカ国民は...。

雑用をこなし、軽い疲労感。

寝る前に録画していたドラマを観る。
主に海外ドラマ。
吹き替えが気楽で有り難いのだけど、字幕が多い。
ミニシリーズはさすがに一気見とはいかないので、眠くなったらそこがやめ時。

気晴らしと、気持ちの切り替え。

ドラマの世界に一旦逃げ込む事で、現実のモヤモヤを少し切り離す。

相性の良いドラマが、その時録画の中にあると良いのだけど。

さて。

小雨降る日の地下鉄。
座席に座っていると、
目の前に立った女性が傘の持ち手を腕に掛けて、もう片方の手でスマホを操作し始めた。
やや斜めに跳ね上がった傘の先端が、その隣の女性の足にコツコツと当たる。
見ていて気になる。
女性は繰り返し少しずつ足を避けるが、そこそこ混んだ客車の中では、そうは動けない。
傘の女性は、そういう感覚に無頓着なんだろう。

座席に座っている時、隣に座った人がスマホを見たりしていて、
横に広げた腕が当たってくるのが気になる。
スマホや本を見る時には、腕を肩の内側にすぼめてくれれば良いのに。
その人達は、他人に腕が当たるのなど気にならないのだろう。

道を歩いている時、目の前を横切る人が気になる。
気になるというより、迷惑。
こちらが歩いているペースを予測しないのだろうか。
それとも、こちらが立ち止まるなり避けるなりするのが当然と思っているのだろうか。
たまに軽くぶつかり、驚かされる。


心の距離。

熱心に距離を詰めてくる人達。
友達になれるのだろうかと思っても、急に離れたり、裏切られたり。
そんなものか。
さすがにこの年齢まで生きて来たら、少しは耐性も付いている。
日々、少しの警戒心を持って接しなければ、落ち込みにやられる。
鈍感力という言葉も以前流行った。
なかなか身につくものではないけど、それを目指すしかない。
少々の残念さに押し流されつつも、面倒は忘れよう。
結局のところ、相手もこちらをそれほど重要としていないのだから。
相手も身の回りの事に気が行って、そのうちこちらの事を忘れる。

まず、簡単な一歩として、
Facebookのフォローを外したり、LINEのトークを削除して、
相手の存在が目に入らないようにする。
SNS断捨離の精神的効果。
友達削除やブロックまではしない。
それをするのは、本気で切るレベル。

何かを書こうと思って、
他の事に一瞬気を取られて、忘れてしまった。

日々、雑用が多過ぎる。


近所の新聞集配センターが閉鎖になった。
他のセンターに統合される。
新聞も、購読者が減り、新聞配達のなり手も減って、先行き不透明。
少し忙しい日が続くと、気づいたらあっという間に読んでいない新聞の山。
読みきれない。
購読料も考えて、やめようかと思った事もなくは無いけど、
やはり、TVやネットのニュースだけでは心許ない。