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マンガ家Mの日常
英国のサスペンスドラマのミニシリーズ、全6話。


ロンドン警視庁警察官ジョーは、グラスゴー発ロンドン行きの寝台列車に乗車。
乗車直前に引ったくり犯に遭遇し、一味の1人を捕まえる。
数分遅れで列車は出発。
しかし、その間に一味は列車にハッキング装置を仕掛けていた。
行方も分からぬまま暴走し始める列車。
携帯電話の通信も遮断されるが、
石油採掘現場職員ゲイガンが持参していた衛星通信電話で、
ロンドンのサイバーセキュリティセンターと繋がり、
ジョーとセンター責任者アビーが連絡を取り合い、対応する。
アビーはセンターを退職させられた老技師ぺヴを呼び寄せて助力を得ると、
ぺヴは列車通信網を復旧させる。
アビーはハッキング装置に連携して操作を試みるがうまくいかない。

乗客の中の老人が元鉄道職員で、
ハッキング装置が設置された車両と後部車両の切り離しを提案。
後部車両は無事切り離され、多くの乗客が救出されたが、
ジョーを含む12人は装置が設置された前方列車に取り残された。
妻のお産を間近に控えたゲイガンは焦って列車の外に出て、
誤って落ちて列車に轢き殺されてしまう。

記者のレイチェルは乗車前に一味からUSBを渡されており、
アビーがセンターでデータを読み込むと、イランのテロ組織の犯行声明が現れた。
センター長はその路線で調査を指示するが、アビーは納得できない。
元ハッカーで、ホワイトハッカーとしてセンターに雇われた経歴のアビーは、
事件の関与を疑われ、軟禁される。
一方、列車内で必死に救助に尽力しているジョーは、
実は公金横領で、犯罪者として追われる身だった。

ぺヴの助けを得て職場に戻ったアビーは、知力を駆使して列車を救う。
ロンドン、ヴィクトリア駅に衝突寸前だった列車は無事停止し、
残った乗客は救助される。
ジョーは逮捕を受け入れる。

アビーは駅構内でぺヴと対峙する。
ぺヴこそが、事件の真犯人だった。
大元の列車通信網の開発に携わったぺヴは、脆弱性を訴えていたが相手にされず、
自らハッキング事件を起こして、重大な危険の可能性を知らせようとしたのだった。


事件とそれぞれの人間模様が混じり、程良い緊張感を作っていた。
IT音痴の自分には、まぁ分からない部分も多々あったけど、
それなりに丁寧に説明されていて、納得できた。

列車の乗客を救うヒーローのジョーが、実は横領犯だったという設定が、
いま少し綺麗にはまっていないようにも見えた。
列車内の人物の人間模様という点では、ややエピソード過多だったかもしれない。
この場では全てのエピソードは書ききれない。

列車内に取り残された乗客乗員の中の誰かが犯人か、もしくは繋がっている。
アガサ・クリスティの現代版かな。


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TVで宅食のCMを見る。
しめ鯖は好きだけど、鯖の味噌漬けは特に好きではないかな。
塩焼きも悪くはないけど、脂っこいので、
やっぱり鯖はしめ鯖が良い。

明け方早くに目が覚めて、洗面所で咳で痰を吐く。
赤いものが混ざっている。
血…⁉︎
昔の少女マンガなら肺結核だけど、
多分、寝る前に飲んだ野菜ジュースのせい。

少し寝直して起きるが、ダルい。
週末にかけて天気が悪くなるらしく、気圧頭痛に襲われる。

咳喘息の為にクリニックで処方された薬は2週間で飲み終えたし、
手元に残っていた市販薬も飲み終えた。
それでもまだ咳喘息は少し続いている。

咳喘息で夜中に起きないよう、睡眠導入剤を処方されていて、
寝る前に1錠服用するわけだけど、
ボーッとするようだったら半分で良いと言われていて、半分に割って服用している。
それでも午前中少しボンヤリしてしまう。
ただでさえ咳喘息の薬で眠くなるのに。

深夜に咳で苦しくなって起きてしまうのはシンドイけれど、
そろそろ睡眠導入剤もやめたい。

移動でポイントが貯まるというアプリの先駆け、Miles。
アプリ終了のお知らせメールが来た。

もう暫く前にアプリ削除してたんだけど。

そういうタイプのアプリに詳しくて、熱心にポイ活する人は有効活用してたんだろうけど、
どうにも使い方がよく分からず。
そして、以前少し書いたかもしれないけど、
いつの頃からか、それまで貯めていたポイントがリセットされ、
その後ポイントを得るには有料制になったので、バカバカしくてやめた、
アプリも断捨離。

アプリ終了となったのは、やっぱり運営が上手くいってなかったんだろうね。

アカウント作成の手続きばかりが面倒で、あまり有効でないアプリもゾロゾロある。

その昔、マンガは優良コンテンツとされていた。
大衆紙なファッション雑誌が、無数の広告で運営されているのに対して、
マンガ雑誌には広告と言えるものが掲載されず、雑誌の代金そのもので支えられていた。
つまりは、文化の発信源として、いずれかの企業に追従しないという事。
その後、雑誌の裏表紙には小さな広告が掲載されるようになったが、影響は小さかった。

翻って、現在はどうなのだろう。

雑誌は衰退し、ネットでの配信が伸び、TVでもCMが流される。
どのような経済構造になっているのだろうか。
似たような作品が蔓延しているのは、スポンサーからのお達しだろうか。
既に見分けがつかない程、テーマも絵柄も、同じような作品が軒を並べている。