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マンガ家Mの日常
巨匠ベルナルド・ベルトルッチ監督の若き日の作品
「ラストタンゴ・イン・パリ」で
主演を務めたマリア・シュナイダーの身に、撮影後何があったか、
マリアの従姉妹ヴァネッサによる回顧録を元に描かれた映画。


父は俳優、母は元モデルという両親は、父親の度重なる浮気によって離婚。
母親に育てられたマリアは、俳優業への憧れから父親に接し、
気を悪くした母親からアパートを追い出され、一人暮らしでの女優修行。

19歳になった時、「ラストタンゴ」主演の大役が回ってくる。
相手役は世界的名優マーロン・ブランド。
中年男性と若い女性の微妙な恋愛関係を描いた作品で、ヌードも辞さない。
撮影途中、台本に無かった過激な性行為のシーンを強要される。
恐怖と屈辱に耐えて撮影を終え、作品は完成。
過激さから映画は大きな話題となり、マリアも一気に有名になる。

ブランドはハリウッドに戻り、ベルトルッチからは何のフォローも無い。
その後、巨匠アントニオーニ監督からの優れた作品へのオファーもあったが、
大半は過激なセックスシーンを期待される作品。
「ラストタンゴ」撮影のショックと、周囲の対応に、精神的に疲弊し、
薬物中毒に陥る。

マリアの取材に訪れた女性と恋人関係になり、親身なサポートを受け、
体調が回復する時もあるが、治療は繰り返される。
映画産業における女優に対する搾取の構図等を訴える活動にも参加する。
女優業を続けながらも、50代の若さで癌で亡くなる。


「ラストタンゴ」は、若い頃に1度観たけど、中年男性の悲哀は理解できず、
若い美女が何故ショボくれたオッさんと付き合うのかが不思議だった。
今時のようなネットの情報源も無かったので、背景について知る由もなく、
ベルトルッチのその後の活躍の輝きにかき消された。

いきなり脚本に無い強姦シーンを強要されるなんて、
余程タチの悪いポルノでも無い限り、今の時代にはあり得ない。
ベルトルッチの要求に応えるブランドや、無言で仕事を続ける撮影スタッフ。
当時は、映画監督の権力は絶大だったのだろう。
19歳の無名の新人女優では逆らえない。
父親がベルトルッチと知り合いで役が回って来た事もあって、
肝心の父親もマリアを庇ってはくれない。

マリアは50代まで、よく生き抜いたと言えるのかもしれない。

近年、ハリウッドでも日本でも、
映画撮影でインティマシー・コーディネーターが付くようになり、
状況は改善されつつある。
恋愛映画で、裸体や性行為が描かれなくなるのは、
それもまたどこか不自然なのだけど、
現場の俳優さん達が作品の内容を理解し、受け入れて撮影されればと思う。

最近では、ヴィム・ヴェンダース監督の映画「まわり道」において、
当時未成年だったナスターシャ・キンスキーが、上半身裸を撮影された事を訴え、
ヴェンダースは謝罪し、「まわり道」の上映、配信、DVD販売等、
全て封印する決断を下した。
さすが、U2と仕事するだけある。

ベルトルッチもマリアも、もう亡くなっていて、謝罪も和解もできない。
でも、ベルトルッチは謝罪しそうに無かった。

撮影の背景を知らずに鑑賞すれば、
複雑な恋愛関係のドラマに入り込めるのだろうけど、あまりに痛々しくて、
もう観るべきでは無いように思われる。

今作でブランドを演じたのはマット・ディロン。
若干の特殊メイクを施し、よく似ていた。
マリアの父親役は、シャーロット・ゲンズブールの夫イヴァン・アタル。





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大ヒットノンフィクション「ボブという名のストリート・キャット」原作で、
同じく大ヒットした「ボブという名の猫 幸せのハイタッチ」の続編。


ロンドンでストリートミュージシャンとして細々と活動するジェームズは、
麻薬常習者でホームレス。
更生の為、ソーシャルワーカーによって無償のアパートを提供される。
偶然路上で出会った茶トラ猫を引き取って同居するうち、
次第に生活リズムを取り戻していく。

「2」もかなり前に観て、ストーリー詳細は忘れてしまった。
そこそこちゃんとした生活ができるようになったジェームズが、
他のホームレスの青年を救ったり、GFができたりする感じだったかな。
印象的な「1」に比べると、作品としての存在感が薄い。
とはいえ、後日談というのは、場合によっては必要なのかも。
人生は、一時の感動だけでは終わらないからね。

「2」の監督は「アメリカン・グラフティ」のチャールズ・マーティン・スミス。
個人的には、「ネバー・クライ・ウルフ」の方が記憶に深い。


ちょっとウカウカしてたら、BLレコーダーのHDの容量が厳しくなってきた。
映画も整理して、古いデータは少しずつ削除していかねば。

全仏で初のグランドスラムタイトルに輝き、勢いを増すズべレフと、
アメリカ期待の若手シェルトンの一騎打ち。

セカンドウィークにタフマッチが続いたシェルトンは、
正確なプレースメントと緩急自在のズべレフのショットに走らされ、次第に疲れが見え、
最大の武器である高速サーブも影を潜めた。
比較的短時間でセカンドウィークを乗り切ったズべレフは大崩れしなかった。
その差が勝敗を分けた。

ズべレフ、今年2つ目のグランドスラムタイトル!
いずれも、難敵ジョコビッチ、アルカラス、シナーらとの対戦無く、
勝って当然とされるプレッシャーとの闘いとなった。

試合中の休憩時間に、1型糖尿病のケアの為、
血糖値を測り、インスリンを打つ様子が何度か映し出される。
発症は4歳の時に確認されたと、消費者インタビューの中でも語っていた。
幼い息子をサポートした母親の姿は、今は無い。

足首の大怪我からの復活にも胸を打たれる。

チャンピオンシップ・ポイントを決めた後、ズべレフはまだプレーを続行しようとしていた。
プレーに集中し過ぎて、カウントを間違えていたのと、
あまりに大きな歓声で、主審の声が聞こえなかったらしい。
数秒経って、主審と見交わして、勝利に気づいた。
チャーミングな瞬間だった。


1、2年程前、facebookでチチパスのファングループに参加した。
ところが、ちょうどチチパスがバドーサと付き合い出した頃で、
グループの投稿が、バドーサのSNSのコピーで溢れかえって、
テニスそっちのけで、チチパスとバドーサの安っぽい恋愛ドラマばかりになってしまった。

微笑ましい恋愛なら良いのだけど、このバドーサってのがちょっと性悪っぽい女で、
母親が元モデルだったりしたからか、彼女自身も変に容姿へのこだわりが強いし、
チチパスの前には男性モデルと付き合っていて、なんか評判も悪かった。
スタッフか誰かに、チチパスとのキス写真を撮らせて、頻繁にアップする。
イケメンBFを自慢したいのか、他の女に手出しさせないよう牽制してるのか、
はたまた、恋愛映画のヒロインになった気でいるのか。

SNSで振り回されたのが直接の原因ってわけでも無いだろうけど、
その頃から2人とも急激にランキングが下がり、シード圏外に落ちてしまった。
流石にチチパスもヤバイと思ったのか、結局バドーサとは破局。

で、何が言いたいかというと、

ファングループがソープオペラまがいになって、憤慨してコメントしてたら、
主に投稿している(管理人なのか?)ジョージ・ボスから返信があり、
そのうち時々メッセージも来るようになった。

プロフィールの写真を見ると、そこそこ年配なようなので、
引退してヒマでファングループをやってるのかな。
改めてプロフィールを見てみたら、色々友達限定に変更したのか、
あまり情報が見られなくなっていた。
何者か、現住所がどの地域なのかもよくわからない。
グアテマラシティ、
バージニア州、
どっちかが「出身」で、どっちかが「現住所」なのかな。

facebookでもメッセージでも、丁寧な文章で感じが良く、断る理由が無い。
先日、私の文章が「ネイティブのようだ。」と言われたけど、
正直にGoogle翻訳アプリのおかげだと知らせた。
まぁね、日本語からの翻訳は、英語に合わせた文体にする必要があるから、
そういうスキルはちょっと必要。

今朝はサバレンカについての話題でメッセージが来ていた。
全米オープン女子決勝戦のスタートが、日本時間の朝5時で、
6時過ぎに目が覚めて、幾分ボンヤリしていたので、
メッセージに対応するのがちょっとシンドかっ
た。

男子決勝は朝3時スタートか。
録画して追っかけ再生して見るか。

「バッド・ジーニアス」オリジナル本国版。

ストーリー展開の大筋は同じなので、リメイクとの違いについて触れる。

舞台は製作国の通り、タイで、リンを始め、学生達は皆タイ人。
リンの父親は別の学校の教師で、慎ましい生活ながら、困窮はしていない。
もう1人の天才バンクの家業が母親の経営する小さなランドリーで、
洗濯機が壊れ、手洗いで洗濯し、バンクも手伝っている。
経済状況が深刻なのはバンクのみ。
リンがカンニングに加担して大金を稼ごうとした動機が明確ではない。
お金よりも、グレース達の仲間でいたかったのか。

オリジナルでは、リンは特に音大に進むつもりでもない。
高校でのカンニングにピアノの指運びを利用するアイデアも、
リメイクでは音大を目指している状況と上手く合致できているように思える。
ピアノという要素がより鮮明になるし、父親への反抗動機としてもわかりやすい。

最大の違いは、SATに相当する試験を受けた時、
リメイクではバンクはリンの助けを得て逃げ果せるが、
オリジナルではバンクだけ捕まってしまうという展開とその後。

バンクはリンを庇って、口をつぐむ。
結果、バンクは将来的に大学進学を諦めざるを得ない状況に追いやられる。
グレース達から支払われた大金でランドリーの洗濯機を新しく買い替え、
このまま「洗濯屋」として生きるしかないのか。
幾分自暴自棄になったバンクは、カンニング事業を続けて稼ごうと、
リンに話を持ちかけるが、
不安と後悔で押し潰されそうなリンはバンクの申し出を断り、
父親に全てを告白し、付き添ってもらって警察に自首する。

オリジナルを先に見ていたら、そうした現実的展開に心を掴まれたかもしれない。
でも、オリジナルでは、バンクがあまりにも気の毒。
リン達のカンニングを校長に報告したチクリ野郎ではあるけど、
真面目なだけで、何か悪い事をしたわけではない。
ところが、大学進学の奨学金を得る試験を受けられなくさせられ、
カンニングに加担するしか、進学費用を得る方法が無くなってしまう。
挙句に、試験会場で捕まり、人生詰んだ。
リンが自首に至ったのは、正しい事をする為というより、
犯罪行為の不安から逃れたいのが中心で、バンクに対する思いやりは消えた。
自首して、関係した学生達が逮捕されたところで、
富裕層の学生達は、親の財力で逃げ切るに決まっている。
ただし、SATとは制度が違うようで、
今回の試験結果だけでは大学入学には足りないらしい。
リンは、その後のカンニングの手助けは断る。

真面目で、優秀なバンク1人が、不真面目な金持ちの身勝手さによって
人生を破滅させられたという構図に、言いようのない怒りが込み上げてくる。

オリジナルはオリジナルとして尊重されるべきだし、
先に観ていたら、リアルな表現に心を引かれただろう。

でも、リメイクのハッピーエンドに救われる。

リメイクの製作陣も、私と同様、バンクを救ってあげたくなったんだろうな。