夏場のテニスは、暑さで流石に辛い。
スクールの練習生が辛いのだから、コーチもそれなりに大変な筈。
いつも頑張ってくれるコーチに、昨年お中元を渡した。
近所のちょっと高級なスーパーで売ってる、ちょっと高級なジュース。
まぁ、そう大した金額ではない、所詮ジュースだから。
ただ、持ち運びが重いのが難点。
今年もジュースかなぁと何となく考えていたが、
先週のとある日、駅前にメロンの移動販売車が来ていたのに気づいた。
メロン農家が直接運んで来たのだろう。
見ると、ボチボチな値段。
どうしようか迷っていたら、販売員さんが、
1個2200円のちょっと高級ランクのを、2個3000円にすると言って来た。
1個あたり1500円は手ごろで良い。
次のスクールまで少し間があるので、その頃に食べごろになりそうなのを、
販売員さんに選んでもらった。
メロンの追熟待ち。
1個はコーチへのお中元にして、
もう1個は、いつもお茶代を奢ってくれる友人に渡す事にした。
彼女はテニス仲間で、最近は肩や肘の故障でお休みがち。
優秀なビジネスウーマンで、高給取り。
一緒にお茶する時は、お茶代くらいは割り勘でと思うのだけど、
彼女がサクサク払ってくれるので、つい甘えてしまう。
なので、お礼代わりに、テニス練習のマッチングをしたり、手ごろなお土産を渡す。
農家からの直販なので、それなりに美味しいとは思うのだが、
千疋屋の高級品とかではないので、
おやつがわりにポンポン食べてもらえれば良いのだが、
彼女から、来週一緒に食べようと、お誘いをいただいた。
スクールの練習生が辛いのだから、コーチもそれなりに大変な筈。
いつも頑張ってくれるコーチに、昨年お中元を渡した。
近所のちょっと高級なスーパーで売ってる、ちょっと高級なジュース。
まぁ、そう大した金額ではない、所詮ジュースだから。
ただ、持ち運びが重いのが難点。
今年もジュースかなぁと何となく考えていたが、
先週のとある日、駅前にメロンの移動販売車が来ていたのに気づいた。
メロン農家が直接運んで来たのだろう。
見ると、ボチボチな値段。
どうしようか迷っていたら、販売員さんが、
1個2200円のちょっと高級ランクのを、2個3000円にすると言って来た。
1個あたり1500円は手ごろで良い。
次のスクールまで少し間があるので、その頃に食べごろになりそうなのを、
販売員さんに選んでもらった。
メロンの追熟待ち。
1個はコーチへのお中元にして、
もう1個は、いつもお茶代を奢ってくれる友人に渡す事にした。
彼女はテニス仲間で、最近は肩や肘の故障でお休みがち。
優秀なビジネスウーマンで、高給取り。
一緒にお茶する時は、お茶代くらいは割り勘でと思うのだけど、
彼女がサクサク払ってくれるので、つい甘えてしまう。
なので、お礼代わりに、テニス練習のマッチングをしたり、手ごろなお土産を渡す。
農家からの直販なので、それなりに美味しいとは思うのだが、
千疋屋の高級品とかではないので、
おやつがわりにポンポン食べてもらえれば良いのだが、
彼女から、来週一緒に食べようと、お誘いをいただいた。
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「信奉」は怖い。
先のやり取りの人は
「ビートルズは人気絶頂期に解散したから本物だ。」と語っていた。
商業的成功を手放して解散した、と言いたいのだろうけど、
解散は解散だし、単なる仲間割れで、人間関係をまとめられなかったに過ぎない。
同時代の3大バンドとされた他のレッド・ツェッペリンとザ・フーは、
バンドの中核を担う天才ドラマーがドラッグの過剰摂取で命を落とし、
次のドラマーを見つけられずに解散。
ザ・フーはギターとボーカルの仲も悪かったし。
その時代のバンドが10年そこそこの活動で解散しているのは、
当時はバンドはそういうものだと考えられていた事もあるのではなかろうか。
現在生き残っている有名バンドのように、
「バンド」を重要視して長期に渡って活動するという考え方が育っていなかった。
後々、ファンの声にも押されて、中途半端な再結
成をしているのは、
過去の名声に頼った「金儲け主義」に他ならない。
世代的に、ビートルズには思い入れが無い。
リアルタイムで聴いていないので。
ビートルズがロックの歴史に名を残す偉大なバンドだった事は否定しないけど、
デビュー当時から数年間は、マネージャーのエプスタインによる売り出しの成果で、
楽曲も、若い女性ファンを意識して作られ、アイドル的人気を押し上げた。
ヴィジュアルにも手を加え、アイドル映画の先駆けとも言える映画を作り、
まさに「金儲け主義」「商業主義」のお手本となった。
そして、解散後はどうだったか。
1970年の解散時、メンバーは20代後半。
アーティストとして、まだまだこれからという年代の筈だけど、
過去のビートルズの楽曲と並ぶか超えるかしたものは、レノンの「イマジン」のみ。
マッカートニーはウィングスで、思いっきり商業主義に走ったし、
他の2人は目立った活躍は無い。
財政的には、過去の遺産が主軸。
解散から半世紀を超えたビートルズ。
過去の一時代に目覚ましい活躍をしたから、その後も「本物」だと言えるのか?
ビートルズの時代には、ネットなんて無かったから、
マネジメント、レコード会社、ラジオ局、マスコミといった仕組みが、
音楽の流行を操作してきた面も強く、
特に日本では海外音楽の情報は限られていたから、
ビートルズだけが大きくフィーチャーされた事で、
他の多くの優れたバンドの優れた楽曲が、陽の目を見る機会を与えられなかった。
同調圧力と似た構図。
日本での圧倒的ビートルズ人気には、そうした背景もある。
その方が、ビートルズを「本物」と言い切り、
逆に、オアシスを「ロックではない」
U2は「3枚目以降、商業的になって、興味を失った」等と宣うのは、笑止千万。
同世代のアーティストに対して「憧れ」を持てないのは理解するが、
成功したアーティストに対して「敬意」を持てないのは、挫折から生じた嫉妬による。
所詮、その程度の器。幻滅した。
ロックにおける個人的な「理想主義」を振りかざし、
「金儲け主義」「商業主義」を否定しようとするのは、
子供じみた「信奉」「原理主義」に見える。
先のやり取りの人は
「ビートルズは人気絶頂期に解散したから本物だ。」と語っていた。
商業的成功を手放して解散した、と言いたいのだろうけど、
解散は解散だし、単なる仲間割れで、人間関係をまとめられなかったに過ぎない。
同時代の3大バンドとされた他のレッド・ツェッペリンとザ・フーは、
バンドの中核を担う天才ドラマーがドラッグの過剰摂取で命を落とし、
次のドラマーを見つけられずに解散。
ザ・フーはギターとボーカルの仲も悪かったし。
その時代のバンドが10年そこそこの活動で解散しているのは、
当時はバンドはそういうものだと考えられていた事もあるのではなかろうか。
現在生き残っている有名バンドのように、
「バンド」を重要視して長期に渡って活動するという考え方が育っていなかった。
後々、ファンの声にも押されて、中途半端な再結
成をしているのは、
過去の名声に頼った「金儲け主義」に他ならない。
世代的に、ビートルズには思い入れが無い。
リアルタイムで聴いていないので。
ビートルズがロックの歴史に名を残す偉大なバンドだった事は否定しないけど、
デビュー当時から数年間は、マネージャーのエプスタインによる売り出しの成果で、
楽曲も、若い女性ファンを意識して作られ、アイドル的人気を押し上げた。
ヴィジュアルにも手を加え、アイドル映画の先駆けとも言える映画を作り、
まさに「金儲け主義」「商業主義」のお手本となった。
そして、解散後はどうだったか。
1970年の解散時、メンバーは20代後半。
アーティストとして、まだまだこれからという年代の筈だけど、
過去のビートルズの楽曲と並ぶか超えるかしたものは、レノンの「イマジン」のみ。
マッカートニーはウィングスで、思いっきり商業主義に走ったし、
他の2人は目立った活躍は無い。
財政的には、過去の遺産が主軸。
解散から半世紀を超えたビートルズ。
過去の一時代に目覚ましい活躍をしたから、その後も「本物」だと言えるのか?
ビートルズの時代には、ネットなんて無かったから、
マネジメント、レコード会社、ラジオ局、マスコミといった仕組みが、
音楽の流行を操作してきた面も強く、
特に日本では海外音楽の情報は限られていたから、
ビートルズだけが大きくフィーチャーされた事で、
他の多くの優れたバンドの優れた楽曲が、陽の目を見る機会を与えられなかった。
同調圧力と似た構図。
日本での圧倒的ビートルズ人気には、そうした背景もある。
その方が、ビートルズを「本物」と言い切り、
逆に、オアシスを「ロックではない」
U2は「3枚目以降、商業的になって、興味を失った」等と宣うのは、笑止千万。
同世代のアーティストに対して「憧れ」を持てないのは理解するが、
成功したアーティストに対して「敬意」を持てないのは、挫折から生じた嫉妬による。
所詮、その程度の器。幻滅した。
ロックにおける個人的な「理想主義」を振りかざし、
「金儲け主義」「商業主義」を否定しようとするのは、
子供じみた「信奉」「原理主義」に見える。
70〜80年代のロックミュージックを信奉する人達の熱量が時々ウザい。
その時代のロックだけが素晴らしくて、
ポップスや90年代以降のロックは「金儲け主義」だと。
何だかね。結局のところ、
自分達が思春期前半に聴いた音楽に強い影響を受けて、そこから離れられないだけ。
ロックに限らず、
アート系の仕事では、出だしはテーマや感性から作品作りが始まるけれど、
商業ベースに乗せる為には、その後の過程で調整を施す。
マンガや映画も然り。
だって、それなりのお金を得なければ、プロとは言えないし、
十分なお金が入らなければ、満足のいく活動を続けられない。
「金儲け主義」を否定するなんて、本当の創作活動を知らない子供でしかない。
70〜80年代に、素晴らしいロックミュージックが誕生したのは否定しないけど、
ポップスにも、90年代以降のロックにも、素晴らしい楽曲は無数にある。
好きなものを好きと主張するのも大事だけど、
自分の好みだけに固執して、他を受け付けず、古い時代にしがみつくのは、
それこそ「ロック」ではない。
ポップスが「大衆向け」だったとしても、イコール「金儲け主義」とは言えないし、
一部のマニアだけにしか響かない、小難しい理屈の、ある種のロックではなく、
より多くの大衆に幸福を届けるポップスには高い価値がある。
マンガ家では、槇村さとる先生が著書で同様の事を語っておられた。
デビュー当時のアート系の作品を一旦置いて、一般読者向けの恋愛ものを発表した時、
読者からの反応に槇村先生自身が心を動かされたと。
当のやり取りの相手は、
ロックミュージックに感銘を受けて、音楽活動をすべく80年代に渡米したものの、
その時期のアメリカの「金儲け主義」的なロックシーンに嫌気がさして帰国したとか。
でも、それって、要は、
その人の音楽の力でシーンを動かせず、活動を続けられなかったわけで、
素直に「挫折した」って、認めれば良いのに。
その人が信奉するロックミュージシャンでも、
それなりに「金儲け主義」の活動もしているのに、そこからは目を背けている様子で、
それは不公平だなぁ。
その人が信じたいものだけが「本物」。
つまるところ、原理主義と同じ。
面倒なので、
相手が絡んで来ないよう、適当なところで切り上げる。
脳や精神から、時々は角質を除去しなければね。
自分でも、
マンガに関しては、
70年代のワクワク感が忘れられないのだけど。
その時代のロックだけが素晴らしくて、
ポップスや90年代以降のロックは「金儲け主義」だと。
何だかね。結局のところ、
自分達が思春期前半に聴いた音楽に強い影響を受けて、そこから離れられないだけ。
ロックに限らず、
アート系の仕事では、出だしはテーマや感性から作品作りが始まるけれど、
商業ベースに乗せる為には、その後の過程で調整を施す。
マンガや映画も然り。
だって、それなりのお金を得なければ、プロとは言えないし、
十分なお金が入らなければ、満足のいく活動を続けられない。
「金儲け主義」を否定するなんて、本当の創作活動を知らない子供でしかない。
70〜80年代に、素晴らしいロックミュージックが誕生したのは否定しないけど、
ポップスにも、90年代以降のロックにも、素晴らしい楽曲は無数にある。
好きなものを好きと主張するのも大事だけど、
自分の好みだけに固執して、他を受け付けず、古い時代にしがみつくのは、
それこそ「ロック」ではない。
ポップスが「大衆向け」だったとしても、イコール「金儲け主義」とは言えないし、
一部のマニアだけにしか響かない、小難しい理屈の、ある種のロックではなく、
より多くの大衆に幸福を届けるポップスには高い価値がある。
マンガ家では、槇村さとる先生が著書で同様の事を語っておられた。
デビュー当時のアート系の作品を一旦置いて、一般読者向けの恋愛ものを発表した時、
読者からの反応に槇村先生自身が心を動かされたと。
当のやり取りの相手は、
ロックミュージックに感銘を受けて、音楽活動をすべく80年代に渡米したものの、
その時期のアメリカの「金儲け主義」的なロックシーンに嫌気がさして帰国したとか。
でも、それって、要は、
その人の音楽の力でシーンを動かせず、活動を続けられなかったわけで、
素直に「挫折した」って、認めれば良いのに。
その人が信奉するロックミュージシャンでも、
それなりに「金儲け主義」の活動もしているのに、そこからは目を背けている様子で、
それは不公平だなぁ。
その人が信じたいものだけが「本物」。
つまるところ、原理主義と同じ。
面倒なので、
相手が絡んで来ないよう、適当なところで切り上げる。
脳や精神から、時々は角質を除去しなければね。
自分でも、
マンガに関しては、
70年代のワクワク感が忘れられないのだけど。
先日のTVニュース番組から。
「子供食堂」の話題。
とある女性が、近く会社倒産で失業するとあって、
節約の為に小学生くらいの女の子2人を子供食堂に連れて行っていた。
100円で簡単なランチ程度のお弁当が食べられる。
ところが、
よくあるシンママのケースなのかなと思っていたら、夫がいて、ちゃんと働いている。
そして、立派な自宅があり、真っ白なフカフカの毛並みのペルシャ猫が闊歩している。
えっ?
失業の不安はわかるけど、全然困窮してないじゃん。
現状の豊かな暮らしができなくなるかも知れないから、子供食堂を利用するの?
そのレベルで福祉を利用されていたら、本当に困窮している人達にお金が届かなくなる。
そういう事は考えないのかな。
寄付とボランティアで、ギリギリ支えられている子供食堂の、利用実態?
子供達には子供食堂で100円のお弁当食べさせて、
ペルシャ猫には250円の猫缶食べさせるのかな。
「子供食堂」の話題。
とある女性が、近く会社倒産で失業するとあって、
節約の為に小学生くらいの女の子2人を子供食堂に連れて行っていた。
100円で簡単なランチ程度のお弁当が食べられる。
ところが、
よくあるシンママのケースなのかなと思っていたら、夫がいて、ちゃんと働いている。
そして、立派な自宅があり、真っ白なフカフカの毛並みのペルシャ猫が闊歩している。
えっ?
失業の不安はわかるけど、全然困窮してないじゃん。
現状の豊かな暮らしができなくなるかも知れないから、子供食堂を利用するの?
そのレベルで福祉を利用されていたら、本当に困窮している人達にお金が届かなくなる。
そういう事は考えないのかな。
寄付とボランティアで、ギリギリ支えられている子供食堂の、利用実態?
子供達には子供食堂で100円のお弁当食べさせて、
ペルシャ猫には250円の猫缶食べさせるのかな。
スティーヴ・クーガン主演、実話を元にした社会派ドラマ映画。
クーガンとペンギンの宣伝用チラシがほのぼのとしているので、
可愛いコメディかと思ったら、だいぶ違った。
1976年、軍事独裁政権下のアルゼンチン。
英国人英語教師トムは、裕福な子弟の寄宿学校に赴任。
幼い子供を亡くして、妻とも離婚。
人生諦め加減で、事なかれ主義に陥っていた。
休暇で訪れたウルグアイの浜辺で、重油塗れで瀕死状態のペンギンを助けると、
手続きの問題等々で、なぜか連れ帰る羽目に。
官舎でこっそり飼い、引取先を探すが、間も無く学校の人々に知られる。
人気者となったペンギンを介して、周囲の人々との交流が深まる。
学校で下働きをしている少女ソフィアが、
反政府活動をしている友人がいた事で、街中でいきなり逮捕される。
ソフィアはトムに向かって助けを叫ぶが、トムは恐怖で身動き出来ずに見送る。
軍事政権下で、大勢の市民が拉致され、姿を消していた。
学校に戻って、教職員の集まりでソフィアを救い出す相談をするが、容易ではない。
悶々とした日々を送る中、街中のカフェで、
ソフィアを拉致した警官のリーダーが、幼い娘といるところを見かけて近く。
トムはソフィアの釈放について訴えかける。
数日後、トムもまた警官に拉致され、収監されて暴行される。
間も無く釈放され、トムの訴えが届いたのか、その後ソフィアも釈放される。
実話が元になっているけれど、ソフィアの設定は映画オリジナルで、
ラストのペンギンの死もオリジナルらしい。
1976〜83年、アルゼンチン陸軍のビデラによる軍事政権下の悲劇は有名で、
多くの反体制派市民が不当に逮捕され、拷問、虐殺され、行方不明となった。
今作において、ペンギンの飼育との関連は必要ないのではとも言われているが、
トムに命を救われ、トムを頼るしか生きる術がないペンギンの存在が、
閉じられたトムの心を動かすきっかけとなった。
警官に拉致され、助けを求めるソフィアを、見過ごしにするトムの姿には、
何も言う言葉が見つからないが、
一外国人の立場では、誰もがああなってしまうのだろう。
アイロニカルな役どころが多いクーガンが、穏やかな演技を見せている。
重油が全身にこびりついて、息絶え絶えだったペンギンは、
かつてのトムの姿だった。
クーガンとペンギンの宣伝用チラシがほのぼのとしているので、
可愛いコメディかと思ったら、だいぶ違った。
1976年、軍事独裁政権下のアルゼンチン。
英国人英語教師トムは、裕福な子弟の寄宿学校に赴任。
幼い子供を亡くして、妻とも離婚。
人生諦め加減で、事なかれ主義に陥っていた。
休暇で訪れたウルグアイの浜辺で、重油塗れで瀕死状態のペンギンを助けると、
手続きの問題等々で、なぜか連れ帰る羽目に。
官舎でこっそり飼い、引取先を探すが、間も無く学校の人々に知られる。
人気者となったペンギンを介して、周囲の人々との交流が深まる。
学校で下働きをしている少女ソフィアが、
反政府活動をしている友人がいた事で、街中でいきなり逮捕される。
ソフィアはトムに向かって助けを叫ぶが、トムは恐怖で身動き出来ずに見送る。
軍事政権下で、大勢の市民が拉致され、姿を消していた。
学校に戻って、教職員の集まりでソフィアを救い出す相談をするが、容易ではない。
悶々とした日々を送る中、街中のカフェで、
ソフィアを拉致した警官のリーダーが、幼い娘といるところを見かけて近く。
トムはソフィアの釈放について訴えかける。
数日後、トムもまた警官に拉致され、収監されて暴行される。
間も無く釈放され、トムの訴えが届いたのか、その後ソフィアも釈放される。
実話が元になっているけれど、ソフィアの設定は映画オリジナルで、
ラストのペンギンの死もオリジナルらしい。
1976〜83年、アルゼンチン陸軍のビデラによる軍事政権下の悲劇は有名で、
多くの反体制派市民が不当に逮捕され、拷問、虐殺され、行方不明となった。
今作において、ペンギンの飼育との関連は必要ないのではとも言われているが、
トムに命を救われ、トムを頼るしか生きる術がないペンギンの存在が、
閉じられたトムの心を動かすきっかけとなった。
警官に拉致され、助けを求めるソフィアを、見過ごしにするトムの姿には、
何も言う言葉が見つからないが、
一外国人の立場では、誰もがああなってしまうのだろう。
アイロニカルな役どころが多いクーガンが、穏やかな演技を見せている。
重油が全身にこびりついて、息絶え絶えだったペンギンは、
かつてのトムの姿だった。

